So-net無料ブログ作成
confession ブログトップ
前の10件 | -

Phantom [confession]


人を信頼するも何も、疑う、ということを私は知らなかった。

右だよと言われれば、右だなと思い
左だよと言われれば、左だなと思った。

私が17歳のときだ。

我が家は大きく揺らいでおり、家族それぞれが必死で生きていた。

その状況は、ずっと家族の中だけで対応してきたのだが
ある時、父方の親戚の知ることとなった。

しかし、その騒動の中心人物は父であり、身内の感情というものを考えれば
当然非難は母、および母方の人間、そして母のコピーのような私に集まるものと
推測された。

そんな中、父の妹、つまり私にとっては叔母にあたる人が
ある晩うちの惨状を目の当たりにし、母の頭を抱きしめて
「お姉さん、かわいそう!」と泣いたのだ。

それを見て、私も泣いた。
「ああこれで、やっとわかってもらえたのだ」と泣いた。

実際にわかってもらえたのは―
否、いまだわかってもらえてはいないだろう。

父を説得すべく、父のすぐ上の兄、そしてその叔母がある朝やってきた。
母は、留守の日だった。

その伯父を私は好きではなかったが、叔母がいる。
「Mちゃん(叔母のこと)は、味方のようなものかもしれない・・・」
私は、そう思うと少し心強かった。

話し合いはもつれにもつれた。

私は当時から強迫的で、
「今、うちの状況を知っているのは私しかいない。
私がしっかり伝えなければ。
きちんと、相手に伝わるように、せいいっぱい伝えなければ」
そういう責任感でいっぱいになり、力の限り伝えた。

しかし。

思いは届かなかった。

私は緊張の糸が切れて泣き出した。

そもそもMちゃんの様子は、私が予想していたものと違った。
伯父にべったりとくっついた態度だった。

「あれ?」と、私は思ったのだ。

下を向いて泣いているときに、Mちゃんの声がした。

「どこでもお嫁さんの方がコレなんじゃない?」

顔を上げてMちゃんを見ると、両方の人差し指を”角”に見立てて額から立て
”鬼”の真似をしていた。
Mちゃんは笑いながら、伯父に話しかけていた。


この日、私の心は殺されたのだ。

大げさに思われるかもしれない。

しかし、私の正直な実感だ。

17歳の私は、「心を殺された」と思ったのだ。

その日、泣き出した私に「うちにおいで」と声をかけてくれた伯父が
後に母に電話で
「あなたも、Shoちゃんも、おかしいよ!」と言っていたと聞いた。

その日私は、自分の目の前で起こっていることが何なのかわからなかった。

まさに全く予想もしていなかったことで、
「え?何?どうしたの?どうして?」と、疑問符ばかりが浮かんできた。

つい先日母を抱きしめて泣いてくれた人と、
今目の前で伯父と楽しそうに笑いながら話している人が同じ人だとは
どうしても信じられなかった。


私は、人を疑うということを知らなかった。

それはまあ、今でも変わらない。

みるからにお人好しそうな雰囲気をしているらしい。

けれど、私の心の奥の奥では、人を信じるということがどういうことなのか
わからなくなっている。

おそらく、私は人を信頼しないのだ。

もしこの世に信頼している人間がいるとしたら、
それは弟ただ一人だ。

「そんな、たった一つの体験で・・」と言われるかもしれない。

もちろん、この出来事のみで至った結果ではない。
この日におこったことも、これだけではない。

その当時でも、考えれば何となくわかった。

叔母は離婚しており、まだ小さい男の子を育てていた。

私の父は頼りにならず、いつもその伯父を、父親代わりのように頼っていた。
その男の子の将来、今後のことなど諸々考えれば、
叔母はその伯父に逆らうことは出来なかったのだ。


人は、武器を使わなくても、人を精神的に殺すことは出来るのだ。

私は「信頼」というものがよくわからないのだ。

なので、人から「信頼している」と言われてもピンとこないのだ。

信頼とは何ですか?

そんなに嬉しいものですか?


ちなみに、こういう体験を「ファントム」と言うのだそうだ。

足元が急に崩れ去るような出来事。

世界が一変してしまうような出来事。

もう何も信じられなくなるような出来事。


私がしばしば見る夢がある。

自分や自分の大切な人が危機にあり、敵対する人達に必死で状況を述べようとしている夢。

相手は状況を誤解している。
私は必死でその誤解を解こうとしている。

しかし、声が出ないのだ。

息しかでない。

もしくは、か細いか細い声しか出ない。

私は必死で力を振り絞り、大きな声を出そうとする。

脂汗がにじんでくる。

体中が痛い。

それでも声が出ない。

何も伝わらず、相手は私を見ながらニヤニヤと笑っている。

たいてい、そのあたりで目が覚める。




これを書き終わったら、立ち上がって洗濯物を干したり、部屋を片付けたりしよう。

私は今、混乱と不安の渦中にいる。
数日前から砂糖漬けだ。

明日は、私の首がつながったかどうかわかるだろう。

あんなに苦しんで、それでも今の仕事がしたいのだ。


さて。

あとは神様の手にゆだね、仕度をしようか。




Black hole [confession]

例えば、理不尽なことをされたり
侮蔑されたり、
大事な人のことを馬鹿にされたりすると
「怒り」が生じる。

「怒り」をそのまま放置して時間が経つと、
それは「恨み」に変わるのだそうだ。

それはすごくよく理解できる。

「想い」は、時間の経過とともに発酵するから。

怒りにしろ恨みにしろ、 
それはひとつのエネルギーだ。

怒りや恨みが心の中に生じると、
それはブラックホールのごとく、ものすごい引力で
あらゆるものを吸い込んでしまう。

いつも大きな穴があいている。

心にブラックホールを抱えて生きるのは辛い。

なんとかその穴を埋めようと、いろんなものを取り込んでみる。

セックス、アルコール、お菓子、買い物 etc.

でも駄目なんだなあ・・・

なんたって巨大なエネルギーなんだもの。

しかし、まあ「エネルギー」に変わりはないわけで
これを何とか活かすことはできないだろうか?

人ごみで刃物を振り回すとか
金属バットを本当に誰かに振り下ろしちゃうとか
そういう方向ではない方に、
このエネルギーを使えないだろうか?

もうひとつ、別の角度から考えてみる。

このブラックホールは、あらゆるものを吸い込んで吸い込んで
それでも決して埋まらないのだけれど、
でもいくつかこの穴を、埋められるものがある。

そのひとつが「愛」だ。

たぶん、愛情を注がれるとその穴は埋まる。

しかしそれには条件があって、
注がれた愛情を「愛情」と認識できる、ということが必要だ。


馬鹿にされれば悲しい。
馬鹿にされつづければ、心の穴はどんどん大きくなって
やがてブラックホールになるだろう。

大勢の前で恥をかかされれば、悔しい。
悔しくて悔しくて、
でも顔を上げて誰かと目が合ってしまったら
その瞬間に、自分は潰されてしまいそうで
顔を上げることができない。

その体験も又、心に深い穴をあける。


そして繰り返すが、
皮肉なことにその辛さは、同時にエネルギーとなってしまうのだ。

別に、何か立派なことをしようとも思えないけれど、
せめて、自分を傷つけた人間を抹殺しようなどということに
そのエネルギーを使うのはやめよう。

あまりにも、もったいない。

それほど強大なエネルギーなのだ。

たぶん、自分を決定的に傷つけた人間が
死ぬほど悔しがることを成し遂げられるくらい
そのエネルギーは大きく強い。

そんなふうに使えたら、その時は
心の中のブラックホールも消えるような気がする。






過食さん、さようなら [confession]


体重が、「ああ、もう行くところまでいっちゃったな・・・」という状態になった。

ついにここまで・・と、微かな感慨さえもある(笑)

オフィスのメンバーの平均年齢が若返った。

おやつにお菓子を薦める男性社員に、
「もう!○○さんたら、私のこと太らせようと思ってるでしょ!」と、
細い女の子がふざけて怒る。

私は背中を向けたまま、その会話を聞いている。

「は~。△さん(=その女の子)、それじゃあ私のことなんて
絶対!あんな体形になりたくない!!って思うでしょう?」
と、心の中で静かに質問する。

「おっ!●●色のスカートだね。今年の秋とか流行なんですよね●●色」

先ほど登場した男性社員が、又若い彼女に声をかけている。

私は同じく背中を向けたまま、会話を聞いている。

私は今年の夏、たった一枚のスカートで過ごした。
去年購入した(一昨年だったかしら?)ローラアシュレイのスカートは、
去年はストンと落ちてしまいそうにぶっかぶっかで、かろうじて骨盤にひっかかっているようだったが
今年はファスナーが完全に閉まるか否か?というところまで来ていた。

まるで制服のように、同じ格好で職場にいった。

悲しい。
非常に悲しいことである。


太っていていいことは何も無い。

精神面でも落ち込む。

ちょっと動いてもハァハァする。

私は異様に心疾患を恐れているが、
だったら先ずこの体重を正常値にすることが最優先じゃないの?
と、常識的にも考える。


私の恋愛関係は上手くいっていない。

恋愛関係も何も、先ずは男女関係でしょう、とも思う。

私は好きな人に、おそらくはSEXを望んではいないのだ。

それより前に、したいことが山のようにあるのだ。


で、その前に、神様私を小さく戻していただけませんか?と、思う。

あんまり小さすぎても意味が無いので、できれば三つか、
五つくらいがいい。

そのサイズになれば、私は自分が望むことが可能になるのだ。

私が望むこと。

それは、「男のひとに、すっぽりと包まれること」だ。



三島由紀夫の遺作「豊饒の海」の第何巻だったか、「暁の寺」。

輪廻転生していく主人公が、タイの王女に生まれ変わる。

そのこと意味を、本文だったか解説だったかで述べてあった。

―通常私たちが異性を抱擁するといっても、それは相手の体の一部に過ぎない。
しかし、相手が幼少であれば、文字通り体全体を包み込むことができる

と、いうようなことであった。

私はそこがすごく印象に残っているのだけれど、それはまさに私の気持ちと一致する。


つまり私にとってのSEXとは、異性からの「庇護」としての抱擁であり
愛撫であり、接触である。

お父さんが、未だ一歳にも満たない赤ちゃんを抱いて
チューと、ほっぺにキスしている。
もう、可愛くて可愛くて食べちゃいたい!と思っているのが伝わってくる。

もう少し大きくなった女の子に、お父さんが自分のほっぺたをスリスリしている。
女の子はキャーキャー笑いながら逃げようとするが、
お父さんは「すっぽりと」女の子を抱きしめているから逃げ出せない。
微笑ましい親子の交流が続いていく。


こうやって書き出してみると、「これはSEXというより、親子の触れ合いなのではないか?」
と、思えてきた。

まあ、まさしくそうなんだけど。

「幼少時、親から十分な愛情を注がれないまま成長した場合
大人になってからもその喪失感を埋めようと、様々な―」

などとものの本に書いてあったり、「アダルトチルドレンが―」とか
いわれて久しいが、そういうことじゃないのだ。
アダルトチルドレン=ACなんて、
もう本来の意味から全然かけ離れたところまでいっちゃった気がする。
私はこの言葉を使うのを、ある時期からやめた。

私は十分に親にも祖母にも愛されて育った。
それは、しっかりと感じとっている。
実感として「自分は愛された」と、確信している。

じゃ、なんで過食するの?

と、いうことになるわけだが、
私の場合は、
「愛されていたかどうかは問題ではなく、―以下、ナイショ―」 by カウンセラー

他のことに、その要因があるらしい。




「どうしてそんなに痩せたいの?」

指折り数えれば、もう19年か18年前。
カウンセリングを始めて、まだバトルを繰り返していた頃だ。

涙でぐしょぐしょの私にカウンセラーが聞いた。

「だって、痩せていれば、辛そうに見えるでしょう?
心配されるでしょう?」
そんなことを答えたはずだ



私はどうしてこんなにお菓子を食べているのだろう?

いわゆる「ごはん」。おコメとお肉やお魚と野菜と・・と、いうものは
きっと人より少ないはずだ。
なのでこんなに太るのだ。

原理は十分に理解している。




例えば、胃腸の敏感な人がいる。
喉の敏感な人がいる。

普段食べつけないものを食べただけで、
腹痛や吐き気に襲われたりする。

普通の人が何とも感じないレベルで、
空調が変わったりすると、喉の痛みや、声の変化が生じたりする。

それらはあくまでその器官が「敏感」なのであって
「弱い=悪い」ことでは無い、と思うのだ。

少なくとも「おまえは何でそんなに胃が悪いんだ。
意志が弱いんだよ!意志が!
もっと強い意志を持てば、胃なんかすぐに丈夫になるんだ!!」
とは、あまり言わんだろう・・・

しかし何故か、精神面においてはすぐに
「あいつは弱いから・・」
「意志が弱いから・・」という話になってしまうような気がする。

それは意志とはちゃうんやで。

閑話休題。

土日、気晴らしに外に出られなくなってどれくらいだろう?

とにかくひらめのように、床にへばりついてる。


片付けも、入浴も、洗顔も、歯磨きも、もうホントに何もかもがする気が起きない。

必死で職場にたどり着く。

必死で仕事をする。

帰宅するのでオフィスのドアを出る頃には、
精も根も尽き果てている。

帰りの電車で座られることが、幸せを感じるときである。

・・・・・・・こんなの嫌。


私は心の奥の奥の奥底で、自分が幸せになることを拒否している。
それはいけないことだ、と自分に課している。

よって、あらゆる快楽はいわば禁忌なのである。


ここ数年、「幸せになっていいんだよ」という私が登場して
心の奥の私と対抗しているらしい。

楽しいと思っていい、したいことをたくさんしていい、欲しいものは買ってもいい
男の人と付き合っても、SEXしてもいい。
美味しいものを食べてもいい。
沢山眠ってもいい。
したくないことはしなくていい。
言いたいことを言ってもいい。

「ああ、楽しい・・」
「ああ、幸せだ・・」

そう思っていいのだ。

恋人ができたら私の過食は止まるだろうか?
止まんないだろうな。

例えばボスに、一日ピッタリまとわりついていたら
少なくともその日は、私の過食はとまるだろうか?

止まるでしょう。

「Dolls」って映画があったけど、
あんなふうに紅い紐で、繋がっていられたらいいのに。


ホイップクリームも、水羊羹も、アイスクリームもチョコレートも
ホントはそんなに欲しくないのよ。

私はちゃんと、もっともっと甘くて美味しいものをしってるのよ。

私が本当に欲しかったものは、
好きな男からの理解であり、労わりであり、庇護であり、
抱擁であり、愛撫であり、慈愛だった。

「よくここまでがんばってきたな」
「辛かったな」
「えらいぞ」

その人の胸にすっぽりと包まれて、頭をなでながら
そう言ってほしかったのだ。

私はそれが得られずに、本当はただそれだけを求めて
何十年も泣きながらさ迷い歩いていたのだ。




過食さん、あなたとももう長い付き合いだけど
そろそろさよならしようよ。

私はずいぶんあなたを嫌って、酷いこともいったけど、
ごめんなさいね。
あなたがいてくれたから、私はここまで生きてこられたのね。

本当に欲しいものが手に入らないとき、
あなたはスッとあらわてくれた。
欲しいものが手に入らない虚しさや悔しさや怒りや苦しさを、
私はあなたを取り込むことで何とか抑えたわ。

でもね、やっぱり、たった一度の人生だから
「本当に欲しいもの」があるならば、それを目指した方がいいように思うの。

それに、だんだん私も歳をとってきて、あなたのことが体に障るようになってきちゃったし(笑)

あなたがここまで私を助けてくれたから、こんどはちょっとあなた無しでがんばってみるわ。
もし、又あなたの力が必要だったら、そのときはお願いするわ。

いままでありがとう。

じゃ、あなたも元気でね。さようなら。

                                          


泣き喚け五歳の私 [confession]

泣き喚け五歳の私

積木を投げて窓を割れ
障子を破いて桟も折れ

泣き喚け五歳の私

いつも少うし笑っている
おかっぱ頭をかしげて笑っている

おまえは自分を愛してくれいてる人たちを
大好きだったんだよね

おまえを愛してくれた人たちは
十分におまえを愛してくれた
なので、おまえは幸せだった

おまえを愛してくれた人たちは
それぞれに懸命に日々を生きて
それぞれの胸の奥深くに
小さな、けれどとても重い
悲しみを持っていた

おまえはそれに気づいていたんだよね

自分を大好きなひとたちを
自分が大好きな人たちを
今以上に悲しませたくなかった
幸せでいてほしかった

おまえはたくさんのものを押し込めた
たくさんの努力をした
おとなも出来ないくらいたくさんの努力をした

よくがんばったね
もう、がんばらなくていいんだよ

泣き喚け五歳の私

床に転がり駄々をこねろ

おまえのお父さんは、よくデパートの地下の
フレッシュジュースコーナーで
ジュースを飲ませてくれたね。

それは何故かいつもレモンジュースで
酸っぱいものが少し苦手のおまえは
イチゴジュースが飲んでみたかった

でも、お父さんがおまえのことを思って
選んでくれたのがわかっていたから
「Shoはレモンジュースが一番好きなんだ!」と
手を繋いで歩くお父さんの顔を見上げて元気に言ったね。

あの時「イチゴジュースも飲んでみようかな・・・」
そうおまえが言っても、
お父さんは大人だから、傷ついたりはしなかったんだよ。

泣き喚け五歳の私
泣き喚け五歳の私

泣いて泣いて喉が切れたら
地べたを転げて皮膚がすりむけたら
壁に立てた爪がはがれたら

私がすぐに走っていって抱きしめるから

泣き喚け五歳の私
泣き喚け五歳の私

安心して、思う存分、泣き喚け


彼女が子供を産まない理由 [confession]

毎日あわただしく過ごし、つい先日お正月だと思ったら
もう、あと半月でゴールデンウィークではないか。

季節はまさに「芽吹き」の時だ。

私は春に生まれた。

私を身ごもったときの母の気持ちはどんなものだったのだろう?

聞いたことがあったような、なかったような気がする。

幾つまでだったろう?
私が子供好きだったのは。

いつも近所の小さな子供たちと遊んでいた。

あの頃私のまわりにいた年長の女性達は、
「お姉ちゃんは結婚したら、きっと子供をたくさん産むわね」と
思っていたに違いない。

私もこども好きだったけれど、母はもっともっと子供が好きだった。
子供たちも母によく懐いた。

他人の子供のもらした便の始末もしていた。

母はこどもに、ほんとうに優しかった。

電車の中で赤ん坊をみつけると、
私達母娘はよく顔を見合わせて微笑んだ。

赤ちゃんは、たいそう可愛かった。




世の中は少子化なのだそうである。

「このままでは何年後かに、日本は老人だらけになってしまう」

深刻な顔で、政治家や識者達は声を発する。

「経済的な基盤を作らなければ」

「安心して子供を預けられる施設を作らなければ」

「育児休暇、こどもの体調にあわせて急な休みにも対応できるよう
職場の意識改革をはからねば」



そういうことで、女の人はこどもを産まないのだろうか?

もちろん大きな要因ではあるだろうけれど。

でも―

子供を産まなかった女の一人一人の心の奥には、
違う理由がある気がする。

それは人が問うものでも、語る義務があるものでもないけれど。




私は、恐かった。

子供の命を落としてしまいそうで恐かった。

産院から自宅に戻るとき、リノリウムの床に
抱いている子供を落としてしまったらどうしよう。

私は子供の頃から本気で怯えていた。


私に子供ができたら、私はその子を100パーセント、虐待しただろう。
99パーセントではない。
100パーセントである。

子供が可愛くないからではない。
子供が憎いからではない。

でも、私は自分が子供を虐待すると、確信していた。



私自身が原因で、子供の命を落としてしまったら
それはまだいいと思えた。

例えば私の母、父、弟。

彼らが原因で、そういう事態が起こったら―

私は、彼らの苦悩と自責を想像して、
気が狂いそうになった。

そのときの彼らの様子、配偶者の様子を思い浮かべると
精神が破綻すると思った。




子供を産むなら、女の子がいいとずっとおもってきた。

弟が大きくなってからは、男の子も頼りになっていいな、と思った。
だんだん男の子が欲しくなった。

世界で私を一番愛してくれる男。
命がけで私を守ってくれる男。

そして、私が愛した男にとてもよく似た顔で、徐々にその成長を眺められる男の子・・

女のなら、男の子ならと、名前をそれぞれ考えていた。





ある日、あまりに突然に、全ての可能性が絶たれた。

私の病的な数々の心配は無用だった。

私は「子供を産めなく」なっていた、のだ。
おそらくは、もう何年も前から。

それを医師に告げられたとき、
心のどこかでものすごくホッとして、
体から力が抜けたのを覚えている。

もう、悩まなくていいのだ。
もう、怯える必要もないのだ。




昔から、出産シーンに弱かった。
テレビを見ても映画を観ても、めったに泣くことはないのだが
その手のドキュメントなどではたいてい涙が流れた。

子供がいないのに、そしてそれはこれからもかわらないのに
なぜか「子供用品」が好きだ。

で、ベビーシューズやクマのぬいぐるみのガラガラが置いてあったりする。


もし人にいくつもの前世というものがあるのなら、
私は今生に至るまでのどこかで、幼子を亡くしてでもいるのだろうか?
だからこんなにも子供の命をなくしそうで恐れたのだろうか。
だからあんなにも子供と遊んだのだろうか。

私は子供を産まぬまま、一生を閉じるわけだが
「陣痛」というものを、一度くらい経験してみたかったかな、と
薄ぼんやりと思うときがある。
強く願うわけではない。

少子化対策は、お金や行政や会社の仕組みも大きく関わるだろうけれど
でも本当の本当に「彼女が子供を産まないわけ」は、
それはその人の心の奥の奥に、
あるような気がする。



Tset [confession]


先日のこと。

ボスに別室に呼ばれた。

手短に言うと、ボス以外から
私の勤務状況についてこのままでは困る、
ということを言われた。
自分もどうすれば良いかいろいろ考えている、
ということだった。

具体的な案も、いくつか出してくれた。

私は、ボスがそこまで考えていたくれたことに少し驚き
同時に感謝した。

穏やかに始まったはずの話し合いが、なんだかギクシャクしてきた。


「褒めてくださいなんて幼稚なこと言ってるの、あなただけだよ」

でも、本当に眠れないんです。

もう薬も何種類も変えてもらったし・・

私は今まで、ボスには、クビを覚悟でどんな事でも本心を伝えてきました。

だんだん私はこの会社にとって何なのかなあ・・と、思い始めてきてしまって・・

「だいたいこうして時間とってるのだってあなただけだし、
メールに答えてるのだってあなただけだし、
こうして話し合いだって他の人にはしてないんだしね。

あれっだけ、信頼してる信頼してるって言って、それでそんなこと言ってるようじゃ
僕としては、もう、どうしようもない」

そうだ。そうのとおりだった。

私は前にも、全く同じようなシチュエーションが何回かあったことを思い返していた。

このブログにも書いた。


基本的には信頼している。
誰よりも信頼されていると思っている。

でも揺らぐ。
ボスが、誰かと楽しそうに話しているとき。
ボスが、誰かと同行するとき。
ボスが、誰かに話しかけるとき。

たったそれだけのことで揺れた。

「もう僕にはこれ以上どうしようもない」と言ったボスは、
「続けるか辞めるか、なるべく早く結論を出してくれ」
と、話を打ち切った。


私、辞めなきゃならないの・・・?

半日、呆然としていた。

これも前に同じシチュエーションがあった。

一度、この会社を辞めたときだ。
些細なことで我慢がはじけ、発作的に「辞めさせてほしい」と伝えた。

そしてはっきりと、「辞めなれればならない」ということが決定したときだ。


仕事辞めたくない・・

ボスと会えなくなるの嫌だ・・

「やっぱり頑張ります」と告げたのは、翌日だ。

「あなたには一番目をかけてきたつもりだから」

私はこの一言で、「もう揺るがない」と思った。




--------------------------------------------------------------------------------

ドクターとのセッション。

「今話を聞いてても、本当っに、(あなたのボスは)忍耐強い人だと思いますよ」

―私:はい。私も本当にそう思います。

「結局、どこまでやったらこの人は大丈夫か
自分を見捨てないかと、
相手の気持ちを試して、叩いて叩いてるかんじですよね」

―私:ああ、そうですね。ここまでやってもまだ大丈夫か!?
    ここまでやってもまだ大丈夫か!?、という感じですよね。

「うーん・・その確認の仕方がねえ・・ ちょっと、普通じゃないですよね」

―私:はい。常軌を逸してると思います。相手は大変だと思います。
    私と真剣に付き合おうとしてくれている人ほど、大変だと思います。

「うん、重たいと思いますよ。
 まあ、そこがあなたのご病気というか」

―私:あは・・そうですね。
   根本的なところではわかってるんですけど、すぐ揺らぐんですよね。

「そう、頭ではわかってるんですよね」

―私:なので、安心して「ああ、私は信頼されてるんだ」って思ってればいいんですよね?

「そうですよ! そうじゃなかったらとっくに切られてますよ!」

―私:そうですよね。


私は本当は、「信頼されてる」じゃなくて「愛されてる」って思いたかったんだ。
でもそのことは、ドクターにも、恐くて聞けなかった。

--------------------------------------------------------------------------------



ボス、ほんとにごめんなさい。私はあなたを沢山傷つけた。

だけどあなたは見捨てないでいてくれた。
本当に、ありがとうございます。

私、あなたの夢を叶えるために頑張るから。

そのために、私生まれてきたような気がするから。


Confidence [confession]


ほとんど人に話していない事である。

私が17歳、高校二年になる年、新しい先生が数人着任された。
その中の一人の先生を見た瞬間、「わっ!理想形!!!」と心で叫んだ。

背が高くて、真っ直ぐな髪が長めで眼鏡をかけていた。

なんだか独特の雰囲気を持った先生だった。
人生を達観しているようなところがあった。
それでいて、ひょうひょうとしていた。

国語の先生だった。

私は、ずっと心に抱えていることがあって、その先生に聞いてほしいと思った。
でも担任でもなく、ただ週に何回か授業を受ける生徒が
悩みを打ち明けるのもなんだかちょっとずうずうしい気がして、思いとどまった。

そんなある日のこと、廊下でその先生に声をかけられた。

「Sho! 」

振り返った私に先生は言った。

「お前さんこのごろ暗ーい顔して歩いてるけど、何か悩みでもあるのか?」

私はまず何よりもびっくりしてしまい、何をどうすればいいのかわからなくなり
「えっ?あの・・はい・・えっ?」などと、慌ててしまった。

「よければ聞くよ。急がないか?」

私は急を要することではない旨を告げ、御礼を述べたような気がする。

そして覚えているのは、私はそのまま屋上まで駆け上がり、
よく晴れて気持ちのいい風に吹かれながら
「嬉しい・・! この日のために!この日のために・・・!!」と、繰り返し思ったことである。



その日から、先生と私の交流が始まった。

誤解の無いように言うと、先生は私だけにそういうことをしてくれたのではなかった。

今までに着任していた学校時代から、よくいろいろな生徒の面倒をみてあげていた。

生徒から相談を受けたとき、決して先生は逃げなかった。

一度、伝えたことがある。

「私の話をここまで逃げずに聞いてくれたのは、先生が初めてです」

すると先生は、辛そうに眉を寄せ、
「逃げることもできるんだけどね・・・
でもそうすると、そのあとに砂をかんだような・・ほんとに嫌あな気持ちになるの・・」

かつてそういったことがあったのだな、と私は思ったが、それは口にしなかった。


先生との交流は、私が高校を卒業してからも、断続的に続いた。

そして私が大学四年の時、教育実習を行いに母校に戻ったら、
その担当が先生だった。


いろいろあった教育実習を終えたすぐ後だった。

母が病気になった。

検査をしてみなければはっきりしたことはわからない。

しかし、癌の危険性があった。

私はとにかく先生と話をしたく、急にであったが連絡をとって高校にいった。

一通り話をし、話の途中で私は泣き出してしまったわけだが
先生はどっしりかまえ、心配しても慌てても何もいいことはないのだから
とにかく落ち着いて一つ一つの事態に臨めばいい、というようなことを言ってくれたと思う。

細かいことは、失念している。

先生は私に「俺、お前と結構長くつきあってるけど、こんなにお前が動揺してるの初めて見たもん」と言った。

その言葉で、私は自分がひどく動揺しているのだとわかった。

あまり長居すれば母が心配するし、この泣きはらした目で帰ったら怪しまれると思い
私は、「又こんな目で帰ったら・・」と言って立ち上がった。

目の前が真っ白になった。

それが、先生の胸を包むワイシャツの色だと気づくまで数秒かかった。
私は先生に抱き寄せられていた。

しかし悲しいかな二十三歳の処女の私はどうしていいかわからなかったのだ。
「あ、寄りかかっていいんだ・・」と気づいて、遠慮がちに先生の胸に頬を寄せた。

「頑張れ」
先生は、かすれた声でそう言って、私の髪を二度なでてくれた。



部屋を出て、家に戻り、その後もしばらく、私はふわふわした雲の上を歩いているみたいだった。

私は落ち着いていた。
武器を手に持ち、鎧を着けた状態ではなく、
何かに立ち向かう、大きな力をつけてもらっていた。




あのときの先生の気持ちをずっと聞きたかった。

あのとき先生は、教師と生徒という関係で、私を抱き寄せてくれたのか。

それともほんのすこしでも、「男」としての愛情があったのか。

私は、男でいてほしかった。
男として、一人の十八年下の女を、その瞬間だけでも愛してくれたと思いたかった。

ずっと聞きたくて、聞くのも恐くて、聞かないままに歳月は流れた。

あれだけ世話になっておきながら、私は不義理を重ね、何のご恩返しもしていなかった。

先生に、これとは別にどうしても聞いておきたいことがあり、二年前の夏、
連絡を取ろうと思い立った。
そうなるともう矢も立てもたまらず、真夜中布団から飛び起き、暗闇の中104の番号案内をプッシュしていた。

私の記憶していた20年も前の住所で、先生の番号がわかった。

そして次の日に電話をかけたら奥様が出られた。
奥様は私を覚えていてくださり、無沙汰を詫びる私に「いいんですよ」と優しく言ってくださった。

続けて奥様は、ごく穏やかに、先生が癌を発症されていることを告げた。

「会いにいってやってください。喜ぶと思います」


二十年ぶりにあった先生は、あんまり変わっていなかった。

先生の作ったカレーを一緒に食べた。

私は、「あの時先生は、一人の男として私を抱き寄せてくれたのですか?」と言うことは聞けなかった。

ただ、とても嬉しかった。

あったかい時間を過ごした。

先生は駅まで送ってくれた。

私はタクシーの後ろの窓から先生を見た。

先生は白い半袖のシャツを着て、笑って手を振ってくれていた。



その後、何度かメールのやり取りをした。

私は先生の体調を省みず、自分勝手に悩みや動揺を送った。
あまりに体調が悪いときは、先生は空メールだけの返事をくれた。

何回目かに、「転移したので再入院する」とあった。

その少し後に、「治療の様子とその辛さ」が淡々と書かれていた。


年があけ、私は先生に年賀のメールを送った。

返事は来なかった。





それ以来、私は先生にメールを送っていない。

奥様にお電話もしていない。

なので、先生は今も生きている。

大変な不義理をしているのかもしれない。

でも、私は電話をしない。

メールも送らない。

先生は、今も生きている。


To be, or Not to be [confession]


新しい女の子が入り、私はその人が気に障って気に障って仕方なかった。

やたら笑う。
それが長い。
いつまでもいつまでも笑っている。

電話の応対が変。
歌うようなヘンなイントネーション。

一度メールで気をつけてくれと頼んだ。
受話器越しに笑い声などが相手に聞こえてしまうと、
それだけで気分を害してその先の話ができなくなってしまう人がいる、と。

返事が来なかったから、「メール読んでいただけました?」と聞いた。
読んだらすぐに返事をくれ、
そうでないと、見てくれたのか見てくれていないのか、それもわからないと怒った。

彼女は謝ってくれたが、内心「うるさいなあ・・」と思っているように感じた。


昨日、地震があった。

ボスは地震が嫌いだ。
ちょっとゆれてもすぐ大騒ぎする。

昨日もそうだった。

「おっ!揺れてる!」
「これは結構大きいぞ!」

自分のコーナーから出てきて皆に同意を求めている。

昔私は地震が大嫌いだった。
ちょっとの揺れでも「地震だ!!!」と、大声で叫んで
家族から怒られたりしていた。
あることをきっかけに恐くなくなった。

なので、「ああ、又はじまった・・」と思って聞いていた。

すると、例の彼女が呼応するようにはしゃぎ始めた。
「わあ!揺れてます!!」
ボス「揺れてるよね?」

私は悔しかったのだ。
何で二人で楽しそうに話しているのか?
何故私ではないのか?

もういい加減、止めてくれないか・・
そう思って私は「そんな揺れてないですよ・・」
「揺れが大きいように感じるだけですよ・・」
「そんな、地震なんて大丈夫ですよ」

ボスは、「ええっ!?揺れてるよ!!おかしいんじゃないの?」
「揺れてるよねえ?」と新しい人に念を押すように訪ねた。

「Sho さんは、揺れに対してあんまり感じないのかな?」
ボスに冗談めかして言われて
「私昔は地震が打一嫌いだったんですよ!」
ボス「で、何で好きになったの?」
私「別に好きになったわけじゃないです・・」

もうこの時点で、朝からずーっと張り詰めていた私の神経は沸点を超えてたんだろう。


元をただせば「嫉妬」だ。
その一言に尽きる。

私はその新しい彼女にメールを書いた。

自分がここまでやってきたことの、思いの丈を書いた。
きて早々嫌な気持ちがするかも知れず申し訳ないが、
どうか、私のこの仕事に対する気持ちをわかってほしい―

私の仕事に対する思いをきちんと伝えた方が
お互いにいいだろうと思ったからだ。




しばらくして、クスクスクスクス笑う声が聞こえた。
一人ではない。
何かを声を潜めて話しながら、二人の人間が
クスクスクスクス耐えかねたように、
声を押し殺して笑っている。

そちらを向くと、新しい彼女だった。

私が椅子から立ち上がって目が合うと、
彼女は「ヤバイ!」という表情になった。

私は真っ直ぐ彼女の席に行った。
そこにいたのは彼女と、ボスお気に入りの☆さんだった。
☆さんは、腕を組んでヤンキー座りをして、私から目をそらしていた。

「メール読んでいただけました?」

彼女「はい。すみません」

「二人で御覧になってたんですか?」

彼女「いいえ!そうじゃなくて・・」

二言三言のやり取りの途中、☆さんが急に口を挟んだ。

「でも、Sho さんそれは・・・
無理だと思いますよ。

彼女だって来たばっかりで・・」

「Sho さんが一生懸命なさっているのは、彼女は十分にわかってますよ」

― その人間のメールを、他人に見せて一緒に笑うのか?

「彼女だってショックでしょうし・・」

私からのメールを見ていないはずの☆さんは、完全にメールの中身に基づいて話をしている。

「☆さんが、口を挟むことではないと思います」
「こっちの方がよっぽどショックです・・ 命がけみたいにやってきたのに・・」

私が席に戻る間も、二人は目を合わせて苦笑いしていたのだろうか。




私は、もう辞めようと思った。
このままでは精神が破壊される。
そう思った。

ボスには、伝えたいことがある、考えをまとめてメールで送る、とメールを出した。
一日伸ばし、二日延ばしになり、こん週末でおくると伝えた。

唯一つだけ、「きのう、とても辛いことがあった。本当に本当に辛いことだった」
と、だけ書いた。



--------------------------------------------------------------------------------

ここまで昨日書いて寝てしまった。

ひさーしぶりに、布団ではなくうたた寝してしまった。

多分ボスは、私が辞めようと思っているとメールを出すと思っている。
昨日はわりと優しかった。

それでもボスと☆さんの会話は続く。

当たり前だが、仕事上のことでいくつも会話が重なっていく。

私は、極限まで行かないと見えないものがあると思っている。

「たくさんの職場を経験し、多くのことを学びました」よりも
「一つの職場に長く在籍した」方が、多くのことを学べるように思うのだ。

「この仕事」は、辞めたくない。
でも自分にとっては、就業環境があまりにも辛すぎる。

同業他社への転職も何度も考えた。

ボスと別れるのは辛いが、おそらく自分にとっての天職だと思うので考えた。

だが今会社をやめてしまうと、いくつもの案件を中途で投げ出す形になる。
会社内でパニくるのは仕方無いとしても、
クライアントに本当に本当に申し訳が立たない。

そして、例えば数ヶ月でも一年後でも、同業他社のSho としてその人たちの前に出られるか?
と思うと躊躇する。

「なんにも考えずに」ただ会社に行って、とりあえず出来る範囲で仕事をすればいいではないか
馬鹿は馬鹿だから、無視でも意地悪でも勝手にし続ければ(相手に対して)いいではないか
とも思う。

そうだ。
私はショックだったのだ。
あの会社に入って、ああいう形で人から反論されたことは無かった。
穏やかな人が多かったから。
もちろん多少意地悪されたことはあるが。

自分より三年もあとに入ってきて、しかも私が他者へ出したメールを
その宛て名本人といっしょにクスクス笑いながら読んで
あげくにその新らしい人をかばわれた―
それがショックだったのだ。

憎くて憎くてたまらなかったのだ。

そして、☆さんの仕事は続く。
ボスとの仕事が続く。
同行が続く。
会話が続く。

その案件を作ったのは私だ―
自分で自分の苦しみの種を植えて育てている。



もう一つ、何故仕事を辞められないか?

私は絶対後悔すると思うからだ。
そして、「何であの時辞めちゃったんだ!」と自分を責めるのがわかるからだ。
「あんな馬鹿どもスルーして、自分のことだけ専念すればよかったんだ!」
と、せっかく巡り合えた天職を手放したことを悔やみ、
その原因が、くそくだらないことなのに怒り、自分を責め
辞めたことでも自分を責めることが、経験上予想できるからだ。

☆さんは要領のいい人だ。
これは私情を挟まずに書いている。
世渡りが上手いだろう。
これも私情は挟んでいない。

「私今までな~んにも考えないで生きてきちゃったから!(笑)」 と、
本人が言っていたが、そうだろうなあ・・・と思う。
悪口ではなく、本当に素直にそう思う。



想像の中で、何度も☆を痛めつけた。

私の口の中は、そのときに唇をかみ締めて
傷がずっとついている。

To be, or Not to be.

“このままでいい”わけが無いのだ。
もう、心も体もボロボロだ。

ではどうすればいいのか?

私はこの期に及んでまだ、「ボスの夢をかなえてあげたい」と思ってしまうのだ。

もっと頑張れる!まだ努力が足りない!

そうやって自分を鞭打って、鞭の方が先に切れそうだ・・


「勝ち組」 「負け組み」と言う言葉は、大嫌いなので使わない。

この職場では、好かれた人間の方が勝ちなのだ。
男女問わない「大奥」みたいなものだ。

私は「負けた」のか?

こんなに気持ちのいい春の日に、
私は何をしているんだろう。


Betrayer [confession]


ひょんなことから、私は自分と同じ業務が求人として出されていることを知ってしまった。

「えっ?」
私は足がとまってしまい、前を歩く総務担当◆さんに
「それって他の部署でじゃなくて?」と聞いた。
「違う、違う」

まさに「Sho さんのやってるようなこと」だそうだ。

言われてみれば、それは前々からボスが言っていた事だ。
そしてその話が出るたびに、私はその場の雰囲気を考えて
心とは正反対に静かにうなずいたり、
「ええっ!私一人でするほうがいいです!」と言ったりしていた。
諄々と、なぜ複数でするとやり辛いかも一度ならず訴えた。

浮かんでは立ち消えた話だ。
まず、応募自体が少なかったり、互いの条件が合わなかったり、
実際業務に入っても長く続かなかったりした。

だいたい昨年末のボスとの話し合いのとき、
この仕事は私一人でする、と言うことで了解しあったのではなかったのか?

根本的なところでは、ボスは私を信頼し、きちんと目をかけていてくれたと
納得のできた話し合いだった。
とても暖かいものを感じられた、いい話し合いの時間だった。
一朝一夕には元のようには戻れないだろうが、
なるべく早く、毎日仕事に出られるように頑張ろうと思ったのだ。

「あなたの下に誰か一人置いてさせてもいいしね」
そういうボスに、
「ええっ!それより今の方がいいです!」
私が言ったとき、
「それじゃあもっとがんばらなきゃ!」
笑いながらボスは言った。
私の大好きな笑い顔だった。
分厚い胸の前で、腕を組んだまま言った。

なので私は、今の業務は私一人で出来るものと解釈したのだ。

ボスも、「それなら一番いい。いつもお付き合いのある○○さんも、△△さんも、
あなたが言ったほうが喜ぶでしょう」そういってくれていたのに。

確かに気になることはあった。
いくつかの部署で募集をかけていた。
ボスと、総務担当◆さんが、人材業者の人と話をしているのが
途切れ途切れに聞こえてきたときだ。
募集しているいくつかの業務の一つが、どう考えても私の業務と被るのだ。

「なんだよ・・やっぱり募集してるのかよ・・」失望した記憶がある。

でも、とにもかくにも人材は訪れない。
もし入ったとしても、正直続かないだろうなと、私は思う。
私情を抜きにしても思う。

ただ、今回私がショックを受けたのは、人が来るとか来ないの問題ではない。
ボスがその業務で募集をかけていた―
そのことがショックだったのだ。

裏切り者― 
私の大嫌いな言葉だ。
「裏切り」という行為がでは無い。
否、それももちろんそうだが、勝手にこちらが相手に期待しておいて
相手がこちらの予想と違う行動に出たときに、
相手に浴びせる自分勝手な言葉だという意識があるからだ。

それでも私は思った。

裏切り者。裏切り者。・・・裏切り者!!!!




私は―
私は、あの職場にとって何なんだろう?

なんでボスは、私をいろんなところに一人で行かせたんだろう?
なんでボスは、私にはあんまり話しかけてくれないんだろう?
なんでボスは、お気に入りの○○さんに出すような声を、私にかけてはくれないんだろう?

なんでボスは、私のことをあまり褒めてくれないんだろう?
なんでボスは、私に冷たいんだろう?

「それはね、ボスがおまえをあんまり好きじゃないからだよ」
と、考えるのが一番自然だろう。

物事は見る角度によってどうにでも見える。
「いじわる」にも見えるし、
「資質を見抜いたからこそ鍛えている」とも見える。

私は総務担当◆さんからこの話を聞いたとき、
「もう辞めよう」と思った。

いくらなんでも、馬鹿にしている。
ああ本当にばかばかしい。
人を馬鹿にするのもいいかげんにしてくれ。
そう思った。

で、今日、気立ての優しい△子さんに話を聞いてもらった。

彼女は、前々から「Shoさん、もっと堂々としてていいのに・・」と
よくいってくれていた人だ。

開口一番「あ、◆さんの言うことはあんまり宛てにならないですよ。
どうもボスの意図していることと違うことを思ってるみたいで
“否、そうじゃなくて・・”って、よく注意されてますよ」

でも、とにかくそういう事実があり、そのことが私はショックなのだと訴えた。

「もう、職場にいること自体が辛くてさあ・・
過食症になって20キロも体重増えちゃうし・・」

彼女は否定しなかった。
そして、私が前々から、立場上本来は許されないことだか、
疑問や意見は、ボスにメールで訴えてきたことを告げると
「なら、今回のこともきちんと聞いたほうがいいと思います。
今のままって言うのは、絶対、Sho さんにとってよくないと思います。

そんなShoさん、自分を・・いじめちゃだめ!」

私はその言葉を聞いたとき、「友情」という言葉が浮かんで自分で驚いた。

正直に言うが、私は「友達」というものがほとんどいない。
もっとつっこんで言うと、「友情」という感覚がよくわからないのだ。

しかし、きっとわたしより十も若いであろう彼女が言う言葉を聞いて
「この人は私のことを、本当に考えてくれているのだ・・」と確信したのだ。


ボスにメールを出すかはまだ迷っている。
今ちょうど山場を一つ超えているところなので、出すとしても週末になるだろう。

例えばもし、私と同じ業務をする人がきたとして、私は耐えられる。
痛みを感じないのではない。
痛みを感じながら、仕事を続けられてしまう、ということだ。

けれど、そのことは確実に、私の神経と肉体を苛むだろう。
現に今の自分を見てみればいい。
もう、ぼろぼろではないか。

新しく入った、全く職種の違う女の人の一挙手一投足にピリピリし、
想像の中で、彼女の顔を殴り蹴り上げ、首根っこを掴んで
彼女の頭を机に何度も叩きつけているではないか。

せっかく頑張って仕事をしていたのに。
せっかく、目に見えて業績も上がってきていたのに。

ボス。
あなたの部下には心があるのだ。
感情があるのだ。
褒められれば嬉しく、優しくされれば嬉しい。

あなたのお気に入りたちは、自分が気に入られていることを知っている。

ボスはShoさんを信用しているから、安心して任せているのだと
何人もの人が言ってくれた。
ボス自身もいってくれた。

でも、私は褒めてほしかった。
私は、声をかけてほしかった。

私は―
もう、よくわからないや。
何もかも投げ出して、どこか遠くにいきたい。


Labyrinth [confession]


私はおかしくなってしまった。

「私の砂糖漬け」の出来上がりである。

ただひたすらにお菓子を食べている。

チョコレート、アイスクリーム、お団子、お饅頭、菓子パン、プリンアラモード etc.
苦しい・・
当たり前だが、苦しい。

なんだか動悸がしてきて、脈も乱れてきて、それで不安におののきながら安定剤を飲み、
自分で脈をとっては、又過食している。

何度も繰り返してきた、「過食気味」の時期と「拒食気味」の時期。
今私は、生涯で2番目に太っている。

5キロ7キロ10キロ15キロ20キロ25キロ・・・・

それらを何度、上り下りしてきたことだろう。

私は約2年前、10キロ超えで痩せたとき、太っていたときの服を処分した。
それはジャケットなど、仕事上必要なものだった。
でも、「もうこのサイズになることはないだろう」と思ったし、
戒めの意味も込めて処分したのだ。

なので―
いまや大切なアポイントに出向く際、来ていくジャケットも無い有様である。
スカートは、前の冬に買ったものを、ファスナーを途中まで下げてはいている。

まともに考え出すと、とても悲しい。
そうだ。とても悲しい。

だって―

私は本当は、こんな体形じゃないんだもの!
ねえ、わかって!これはね、今のこの体形はね、私の本来の姿じゃないのよ!
どうかこれが私だなんて思わないで!!!
会う人会う人に叫んでいきたくなる。

過食には大別して二種類ある。

吐ける過食。
吐けない過食。

私は後者だ。昔からそうだった。

申し訳ないが、本音を書かせていただく。

私は「吐ける過食の人」がうらやましかった。
もう少し正直に言う。
吐ける過食の人の多くを嫌いだった。

大嫌いだった―

吐ける人は痩せる。
吐けない人は太る。

たいてい食べる量は、吐ける過食の人の方が多いのだ。
羅列すれば、仰天するはずだ。
吐けない人も、すごく食べるけれど。

痩せた人のことはまわりが心配する。

このごろはそうでもないが、誰かが太ってきても
あんまり回りの人は真剣に心配しないケースが多かった。
「何?幸せ太り?」なんて聞いたりする。

私に限って言わせて欲しい。
私は幸せなときは太っていない。

私の仕事は人と会わなければならない。

誰にも会いたくなんかないのだ。
誰にもこんな姿をさらしたくなんかないのだ。

初めてお会いする人のときも憂鬱だが、
前々からお目にかかっている人には、もう本当に逃げて帰りたくなる。

二昔近く前になるが、今よりももう少し太っていた時期がある。
人生最大に太っていた時期だ。
私の記憶があいまいな時期であり、多種類のメンタルな薬を処方されていた時期だ。

過食嘔吐していた子達は、わがままな子が多いと思った。
少なくとも、吐いて痩せることによって結果的に「心配」を得ていた。
「吐く」という自己主張ができていた。

周りを見ている限り、私は吐けない過食の子達の方が可哀想だった。



--------------------------------------------------------------------------------




私はボスに優しくしてほしかった。
職種が違うから仕方ないのだけれど、
出張も○子さんみたいに一緒にいきたかった。
出張先で○子さんみたいに一緒にご飯を食べたかった。

他の部署の人たちみたいに、打ち上げで
ボスと一緒に飲み食いしたかった。

受注したら、「よくがんばってくれたね。ありがとう」と言って欲しかった。

欲しかった。
欲しかった。

私は欲しかった。

でも、私は手に入れられなかった。

だけど、信じた。
そして、信じたことは間違いではなかった、とわかったはずだった。
はっきりボスの口から出た言葉を、私はこの耳できいたのだ。
だから笑顔で心から、
「それだけ聞ければいいんです。私はもう大丈夫です」と言えたのだ。


けれど、私は我慢が出来なかった。

他の人は私の目の前で、手にしているじゃないか。
新幹線でボスと並んで出かけ、先方にボスから紹介され
会食してるじゃないか。
何度もボスとともに、打ち合わせに同席しているじゃないか。

そのきっかけを作ったのは、全て私だ。

私は自分を苦しめるために、仕事をしているようなものだ。


私は欲しかった。
その人たちが与えられたような形のものがほしかった。
「仕事なんだ」なんてことは、幼稚園児じゃないからわかる。
でも、心は幼稚園児と同じで暴れていた。

甘いものは好きだ。
でもこの世には、チョコレートよりも生クリームよりも
もっと甘くて美味しいものがある。

好きな男からのキスだ。

食べることとセックスは、心理学的にも非常に密接なつながりがあるそうだ。

好きな男の人とのスキンシップがあれば、私はお菓子なんて食べなくていい。


時々思う。

私は何故、こんなに日々イライラしているのか。

  ―それは、好きな男の人と肉体的な接触がないからじゃないの?

心の中で私が言う。

セックスが欲しいのではない。
否欲しくないといっているのではない。

それよりも、抱きついたり、抱きしめられたり、
その大きな手で頭をなでて欲しかったり、
ずっとまとわりつかせてもらったりしたいのだ。

その延長線上にセックスという行為があってもいいと思う。


プレスリーは晩年過食症になり、泣きながらドーナッツを食べていたと読んだ。
そのとき私は泣いた気がする。
私もよく、泣きながらものを食べていたから。

「誰か止めて!」と思いながら、それでもお菓子を食べ続けていた。


ボスを見ながら思う。
―私はこの人と、この先一生肌を合わせることがないのか?


私は又、虚しくなってきているのだ。
そちらへそちらへと、気持ちが傾きそうになっているのだ。

訳知り顔で「摂食障害を起こす女性の多くは、幼少時の両親との関わり方に問題があり
親から十分に愛されなかった、という欠乏感から ―」とか書いてる精神科医の字面を見ていると

うるさいよ!こちとら十分両親からも祖母からも、愛されて育ったんだよ!!!!!
と、机を叩いて怒鳴りたくなる。

オフィスのほかの女の人たちは皆やせている。
私もついこの間まで、彼女たちほどではないにせよ
普通の体形だったのだ。

なのにせ、20キロ近く太ってしまったので・・・

私は自信が無い。
こんなに太ってしまった私は醜い。

動き辛い。

今まで通れた隙間が通れなくなっている。
スカートに引っ掛けて、ペーパーの束をばら撒いたりしている。

気を遣ってくれたのだろうけど、新しい男性社員が
「通れますか?」などと、ご親切にもきいてくれる。

絶望的になる。

過食は巨大な迷路のようだ。

一度入るとなかなか抜けられない。

でも、迷路であるかぎり必ず「出口」はあるのだ。

道を間違えたら又戻り、違う道を歩けばよいのだ。


リセットと言う言葉を、私は好きではない。

好きではないその言葉を、このごろ思い浮かべる。

「全てをリセットしたい・・・」

今の仕事からも離れ、ボスからも離れ、
もう「今の生活」から離れて一定期間自分を休ませたほうが
よいのではないか?

わからない。

大きな迷路だなあ・・

私は甘えない子供だった。
駄々をこねない子供だった。

道に迷っちゃった・・

「おおおい!Sho!どした!? こっちだぞ!」

目の前の壁から、すっとボスが出てきてくれないかな。

私が走っていって抱きついたら、抱きしめて頭くしゃくしゃになでてくれないかな。


前の10件 | - confession ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。