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ひとりごと20150207 [雑感]


努力では、どうしようもないことがある。
懸命に生きていながら、蔑まれる人がいる。
力を振り絞り生きているのに嗤われることは辛いが、
愛する人が嗤われることはなお辛い。

私の命と同じほどに大切な人を、
いたぶり続けたあいつらは、
その後幸せだったのだろうか。
伝え聞く限り大きな不幸にも見舞われず
それなりに穏やかな老後を過ごしてきたらしいあいつらに
私は何の復讐もできなかったんだろうか。
そのことを、私の大切な人たちは、
悲しんでいるだろうか。
それとも安堵しているだろうか。

この小心者の私でさえ、
幾つかの汚いことをし、何人かの人を貶め、
気に食わない人の芽を摘んだ。
「自分は大人になってから嘘をついたことなど無い」などと
言い切れる人の人生は、どれだけ楽だろう。

昔昔あの日あの時、
一瞬でその場に戻る体験を、「PTSD」と言うらしい。
PTSD、
発狂の一歩手前。
もんどりうって苦しんでいるのは、
私ではなくかけがえの無い人
早く! !、 早く! ! !、早く! ! ! !
助けられなかった私。
狂えたら楽だったろう。
狂うことはできなかった。



言葉と事象の間に齟齬はあるか。
言葉と真実の間ではどうか。
私の言葉は何を伝えたのか。



神様も仏様も、私はいないような気がします。
希望が無いということではありません。
人間は自分勝手に祈ります。
家内安全、受験就職恋愛成就。
誰かの願いが叶えば他の誰かの願いが叶わぬような
椅子取りゲームみたいな自分勝手な願いを、
神様や仏様は聞き届けてくださるんでしょうか。

「あそこの神様にお参りして末期の病が治った」と言われる神様は、
どうしてお参りにきたすべての人や親族の病を、
治してはくださらなかったんでしょうか。


もう、坑うつ剤は要りません。
私はきちんと悲しんで、
きちんと自分を責めたいのです。
そして、生きていきたいのです。




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おしゃべり嫌い [雑感]

入院していたとき、今だから言えるが、一人だけどうしても苦手な看護婦さんがいた。
意地悪でしているのかなあ・・?
否、そうじゃないだろう・・
否、これはやっぱり意地悪だろう・・

意地悪だったんだよ。
個室で、ほかの看護婦の目が届かないのをいいことに、
優しく言えばいいことを、キツク叱りつけるように言ったり・・
私は泣いた。
「もうあなたを担当から外してください!」と思いながら、
布団をかぶって泣いた。
でも、もしかすると全く悪意はなく、ただ仕事をしているだけかと思い
言わなかった。
言えばよかった。
私に対しては、完全に外してもらえばよかった。


高校一年のとき、苦手な先輩がいた。
いわゆる「馬が合わない」というものだったと思う。
だったら離れていれば良いのに、それもできず
私は毎日、その先輩と一緒に帰宅していた。
その先輩は私に、「もっとみんなと話さなきゃ!」といつも言った。
私と先輩が属していたグループで、みんなで居るとき
「もっとしゃべらなきゃ!」と、いつも言った。
真面目に受け止めることなど無かったのだ。
「はい」「そうですね」とか適当に言いながら、別に黙っていればよかったのだ。
糞がつくほど真面目で、馬鹿がつくほど正直な私は
先輩に言われたことを胸のど真ん中で受け止め、
その言葉に忠実に従おうと思った。
部室に先輩や同学年のクラスメートと居るとき。
みんなの談笑に加わろうと、「何か言わなきゃ、何か言わなきゃ」と
自分を追いたて責め立てた。
そんなある日の帰り道。
先輩がふと思い出したように言った。
「○○君が、Shoさんとは話しにくいって言ってた」
私はびっくりして先輩の方を見た。
「△△君も言ってたなあ。
☆☆君も・・ ××君も・・ 私の周りの人はみんなそう言ってる」
今なら私は怒鳴るだろう。
「失礼なこと言うんじゃないよ!! あんた何様だよ!!」と恫喝して縁を切るだろう。
あの頃の私は、先輩の言うことを真に受けて、ただただ自分が悪いのだと自分を責めた。
「このこと聞いてどう思う?」
「・・辛い・・」
泣きながら答える私を見て、先輩はうれしそうだった。

その日から今日に至るまで、私は「自分はしゃべれないのだ」と思って生きてきた。
会話のやり取りが苦手だと、胸の奥に刻印のように押された意識は決して消えなかった。

教室で、クラス会で、会社の休み時間、ぼんやりと肩の力を抜いてそこに居るということができなかった。
そういう場所で「話さない」人はいくらでも居た。
その人たちは別に引け目を感じることなく、ただ「しゃべらずに」其処に居た。
傍から見ていても、それはそれで自然に感じられ、
別にこちらに不快感を与えるものではなかった。

「私はしゃべれない」
「私とはみんな話しにくいと思っている」という呪縛は、ずっとずっと私を縛り続けた。

それでも、タクシーで、初対面の人たちの輪の中で、
私はよく話しかけられた。
「お話が上手ですね」
「きっとみんな、Shoさんとは話しやすいと思ってますよ」
そんな風に言われても、「違う。私とはみんな話しにくいのだ」
「私には話しかけづらいと思っているのだ」と思っていた。

青春真っ只中の、自意識過剰な女の子が放った意地悪な言葉だったが、
その後何十年も私を苦しめた。

今は― 別にしゃべらなくても良いのだと思っている。
他の人から、
「あの人とは話しにくい」と思われても一向かまわない。
私だってあんたなんかと話したくないよ、と思う。

話なんかしたくない。
できるだけ人と接したくない。

変な人、変わった人と思われても良い。
実際変わっているのだろう。

話が上手な人なんて、いや、人とのコミュニケーションがうまい人なんて
そんなにはいない。
「自分は話がうまい」などと思っている人は、
大抵、その人が言いたいことだけを勝手にしゃべっているか、
周りがせっせと合わせてあげているかだ。
本当に会話が上手な人など、私はほとんど会ったことが無い。
せいぜい、「あの人はわりとがさつだから、あんまり気にしないで話してもいいかな」と思うくらいだ。


あの時17歳だった先輩も、自分の放った言葉が
その後35年も私を苦しめるとは思わなかっただろうな。
私のことが嫌いだったんだよね?
私もあなたのことが苦手だった。
でも「嫌い」と思っちゃいけないんだと思ってた。
あなたに悪気はなく、私のことを思ってくれてると思ってたから。

馬鹿だね。
嫌われてたんだよ。

その人のこと嫌いって思って、よかったんだよ。




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1月17日に [雑感]

「皆で力を合わせて乗り切ったあの日を思い出して、
後世に伝えていくことが必要です」と、
したり顔に言うなアナウンサー



「弟は生きたまま焼け死んだや」

少女は表情を変えず、淡々と言った。
家がつぶれて姉と弟が下敷きになった。
「姉ちゃん、ガスの栓、閉めなあかんで」
下敷きになって身動きがとれず、救助を待つ間に弟が言った。
そういえばガスの匂いがした。
それから姉だけが助け出された。
少しして、漏れ出たガスに火がついて、あたりは火の海になった。
弟を助けることはできなかった。


潰れた家の中、取り残された娘の救出を見守っていた初老の父は、
遺体となって出てきた娘の救援隊が帰ろうとしたとき、急に大きな声で言った。

「私は、○○ ○○の父です!
このたびは、娘が大変お世話になりました!
ありがとうございました!」
何日も眠っていなかったはずの目を繰り返し瞬いて、
その人は深く深くお辞儀をした。

まるで会葬者に礼を述べる人のように、
父としての役割を果たすことで娘を守ってやったように
着の身着のままの姿で、勤めを果たした。



忘れてはいけない。そうだ忘れてはいけない。

けれど愛する人を失った人たちに、
助けてやれなかった、
痛みを苦しみを減らしてやれなかった
悪かった、悪かった、
ごめんなさい、ごめんなさいと、
詫びながらこの20年を生き続けてきた人に、
あの日の記憶を語れとか、
顔を上げろ前を向けとか、
いつまでも悲しんでいてはいけないとか、
そんなことを言う権利は誰にも無い。


亡くなっていった人たちは、どれだけ無念だったことだろう。
遺された人たちは、どれだけ自分を責めたことだろう。

かけがえの無い人を亡くした悲しみは、
20年で癒えるはずもない。

辛いことを思い出させてごめんなさい。
無遠慮に、カメラを向けてごめんなさい。
閉じた口元に、マイクを突きつけてごめんなさい。

亡くなっていった人たちと、
遺されてしまった人たちに、
ただただ、ただただ、頭を垂れる。



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東電OL殺人事件―それぞれの、私のX・Xさん [雑感]

昔、渋谷のとある教室に通っていた。
授業が終わって帰途につく。
教室の入っている建物を出て、さて駅に・・と思って坂の下を見ると
渋谷駅周辺はものすごい人ごみで、くるりと背を向けて、
私は神泉の駅に向かった。

神泉は不思議な場所だった。
道玄坂上の交番から、もう駅はすぐ近くにあるはずなのに
何度も道が分からなくなり、交番にたどり着いてはおまわりさんに
行き方を尋ねた。

あの町は、時空の隙間のような、磁力が捩れているような
不思議な雰囲気があった。


神泉は小さな小さな駅で、作りも変わっていた。
住宅街の道路に突然現れたような駅。
駅の近くまで来て電車が来ることに気づけば、
急いで走って改札を抜ければ間に合うような駅。

その駅のすぐ近くに、古いアパートがあり、
半地下に大衆的な居酒屋があった。



東京電力で管理職にまでなった女の人が、
そのアパートで殺されたと知ったときには
本当にびっくりした。

そして、その人が渋谷円山町で売春をしていたこと、
それも雨の日も風の日も、一日四人とノルマを課して
どの組織にも属さずに、「立ちん坊」として体を売っていたこと、
それらを知ってもっとびっくりした。

尚且つ、その人の奇行といわれる行動がどんどん現れてきて
わけがわからなくなった。



佐野真一氏の「東電OL殺人事件」は、大変興味深く読んだが
佐野氏の主張には納得できなかった。
「女なら誰でも自分を貶めたいと思う気持ちがある」などと
美しい中年の女の人に言わせているが、
そんなもんは無いよと思った。

その人がどうして売春をしていたかなど、他の人間に分かるわけがない。
なので私たちは、私は、想像をするだけだ。

いわゆる一流企業に勤めながら売春している女など、きっとたくさんいる。

ただ、この人の場合は違った。


ネットをめぐり、様々な情報を得た。
同じ職場で働いたことのある人の話、いろいろに考え導き出された結論らしきもの。
当たり前だけれど、どれもどこか違うような気がした。


日本を代表する企業の管理職ではあったけれど、もし本来の管理職としての職務を全うしていたら、毎日定時で退社することは有り得ないと思う。
いつからかは分からないが、彼女は会社の中で、戦力としては完全に外されていたのではないか。
連日売春をして会議中でも居眠りをする。
先の著書の筆者佐野氏は、「それを皆で笑ってたって言うんですよ!!」と憤っておられたが
それは当たり前だ。
会社からすれば会議中に毎回居眠りをしているだけでも迷惑なのに、
その理由が夜毎売春をしているからなど、怒髪天を突く思いだったろう。
できれば早く退職してほしかったのだろうが、正社員で一応管理職でもあれば
簡単に辞めさせることもできず、会社としてはかなり困った存在だったと推察する。

そこは学校ではないのだから、夜毎立ちん坊の売春をしている人間になど
なるべく関わらない様にしようとするのは、至極当然なことだ。

面と向かってそういう態度をとられたかは別として、
この人は会社で、完全に侮蔑される立場にあったのだろう。


想像するしかないのだけれど、この人は性に関することを、ことごとく抑圧してきたように思う。
男の子と付き合うこと、おしゃれに精を出すこと、自分の中の性に向き合うこと。
どんどん噴出しようとして当然なことをねじ伏せてねじ伏せて、
ある日大きな箍がガクンと外れてしまった。
そんな気がするのだ。


本当にたくさんの人が、男も女もこの人のことを書いていた。
それぞれの人に「X・X」というこの人像があり、
この人を語ることは、その語っている人自身を浮き彫りにしているようだった。


様々な解釈の中で、齋藤学先生の説が一番びったりきた。
ただそれでも、何故?という思いは消えない。


「もし、あなた、苦しいですね?」

これは彼女が街に立っていたとき、男にかけた言葉だ。

「もし、あなた、苦しいですね?」

この古風な礼儀正しい言葉遣いは、男を引くためのものではなく、
体調の悪そうな人をたまたま見かけ、反射的に出てきた言葉だと私は思った。

小さな頃から「礼儀正しく」「失礼のないように」といわれ続け、
それを忠実に守ってきた人の、自然に発した言葉に思えた。

ホテル街に毎夜立ち、男に声をかけ、最低2000円で体を売る四十手前の女。

それでもこの人の中には、お行儀の良い、優しい気持ちが残っていたような気がした。

もちろん、これも私の憶測でしかない。


彼女と同期に、総合職として入社した東大卒の女の人の言葉が印象的だった。
「自分はきちんと制服を着て、お茶汲みも厭わなかった。
東大卒なんて、おくびにも出さないようにした。
その方が、組織のなかでは生きやすいと思ったから。
でもXさんは、違った。
自分はエコノミストとしてガンガンやっていく、と言っていた。
そんなに飛ばしていて大丈夫かな、と思った。」

大丈夫なはずが無かろう。
その組織の中には、専門に何十年も学び続けていた男たちがごまんといたのだ。
彼らにはプライドもあっただろう。
そこにいきなり宣戦布告していった二十歳そこそこの娘など
潰そうと思えば難なくできたはずだ。

正義感も責任感も強かったXさんは、世の中の渡り方は下手だった。

入社の際、「父の名を汚さぬように頑張ります」と言った話は有名だが、
社内には、父上と反目していた人たちもいた。
そこに気づいていなかったのか、敢えて宣戦布告をしたのか、
私は前者だっと思う。


Xさんはセックスなど好きではなかっただろう。
本当に好きになった人と関係したかもわからない。
多分、一番好きだったのはお父さんだろう。

「彼女は父親を超えられなかった。それが彼女にとっての、一つの挫折だった」
という意見も見たが、それは違うだろう。
彼女にとって父に敗北することは、甘美なことであるはずだ。
父は永遠に自分より優れた存在、超えられない偉大な存在であったのだから。
彼女は永遠に、父親に屈服していたかったと思う。
組み敷かれることさえ、密かに夢見ていたのではないか。

けれど、父を蔑ろにした男に敗れることは、「父親の仇を討てなかった」ということになり
彼女にとっては二重の敗北のなったと思う。



体を売り続けたことは、彼女にとって開放でも悦びでもなく、
齋藤氏の言うように「懲罰」だったと思う。



昔々、渋谷にあった教室に通っていた頃、そのすぐ近くでこの人は客を引いていた。
気づかずに、一本隣の道を歩いていたこともあっただろう。
この会社の定年は何歳なのだろう。
あのまま彼女が生きていたら、そろそろ定年を迎えたのだろうか。
四十直前のやせ細った体で客をとっていたことも驚きだが、
いったい幾つまで、そんな生活を続けていけたのだろう。

日々生きていて、ああ面白いとか、楽しいなあとか、思うことなど無かったような気がする。特に最後の数年間は。否、もちろんこれも勝手な憶測だけれど。


彼女が幸せだったとか不幸だったとかは、他者には言う権利が無い。
それは彼女自身のみが決められることだ。

もし会社への復讐心があったのだとしたら、それは十二分に達成できた。
天晴れである。


「もし、あなた、苦しいですね?」

こんな古風な行儀の良い言葉を使う、一本気で、糞真面目な、
世渡りの下手なこの人のことを、よく思い出す。



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徒然 ―パンドラの函を抱えて闇の前に立つ― [雑感]

クリスマスが終わって元日零時までの時間は、
なんだか時間のエアポケットみたいな不思議な時間だ。

いつものように、今日が昨日になり、明日が今日になるわけだが、
「年」という区切りをつけているからか、それとも何かもっと大きなもののせいか
日々の流れとは何かが違うように感じるのである。


私は「心の底から安心した」という経験が、ほぼ無い。
五十二年間の記憶の中で、はっきり覚えているのはただの一度だけだ。
子どものころから、常に、不安と恐怖を抱えていた。
未来は常に怖かった。
なので、新しい年を迎えることも、自分の将来を考えることも、
まして自分の人生の長期計画など恐ろしくて立てることができなかった。

人の一生で、いつが一番大変な時期だったかというのは、人それぞれみんな違うと思う。
私の場合は十代の終わりから二十代の終わりにかけて、
もしくは三十半ば迄だった。
その頃に比べたら、今何かが大変だ辛いと言っても、
本当に蚊に刺されたようにしか感じない。
それがいいとか悪いとか、威張っているとかではなく本当にそう感じている。

状況は常に変わっているのだ。

諸行無常。
常なるものはどこにも無い。

十代の終わりから私が怯え続けた人たちは、たぶんほとんどが死んだ。
生きていたとしても、もう何の力も持っていない。
時は流れ、人は老いる。
状況は変わった。

未来に光など見えなかったけれど、とにかく息をして、何もできなくてもただ息をしていれば、
今日は昨日になり、未来は勝手にやってくる。
そして自分をとりまく状況は、自分の思いとは無関係に勝手に変わっていく。

「一寸先は闇」

今幸せでも、ちょっと先にはどうなっているか分からない。
逆も又然りだ。
今どんなに厳しい状況でも、ちょっと先にはどうなっているか
誰にもわからないのだ。
思いもかけない救いの手が、差し伸べるのを待っているのかもしれない。
今飛ぶ鳥を落とす勢いのあいつも、失墜が目前にせまっているのかもしれない。
ただそれは闇の中だから、誰にも見ることはできない。


人生はパンドラの函だなと思う。
憎しみ恨み、嫉妬意地悪悪意敵意、魑魅魍魎。そんなもので満たされている。
そしてそんなおぞましいものの奥の方で、「希望」がすやすやとお昼寝をしている。
希望は誰のパンドラの函にも、ちゃんと入れられている。
けれどあんまり小さくて、一番奥の隅っこにいるから、よく見えないのだ。


そう、先のことは分からない。
なので、先のことを怯えなくてよいのだ。
だって私たちは、明日のことどころか、一時間先のことでさえ予測がつかない。
一時間後大雨が降っているか、燦燦と輝く陽の光の中に居るか、それは誰も知らないのだ。


私は占いも信じないし、ここ数年は死後の世界も無いと思うようになった。
時々人から「亡くなったお母さんが守ってくれたのね」などと言われることがあるが、
では何故お母さんのお母さん、つまり祖母は、愛して止まない自分の娘、
つまり私の母を救わなかったの? と、いうことになる。

「すごく霊験あらたかなお坊さんで、その人が○○したら、癌が消えたんだって!!」
などと言う人もいるが、これもやっばり、
「じゃあ何でうちのお母さんの癌は消えなかったの?」ということになる。

私は自分の年代の親たちが、幾つくらいなのか、というのがさっぱり分からない。
自分の母は52歳で死に、そこから先はもうわからないのである。


というようなことを、大晦日に思う。
先のことは考えない。
明日という日は、誰にとっても、来るかどうかわからない日だ。
なので、怯えなくてよいのだ。
ただ、今を生きることしかできないのだから、
ただ、今を一所懸命生きればよいのだ。

パンドラの函には、ちゃんと希望が眠っている。
そろそろお昼寝から目を覚ます頃かもしれない。



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小保方晴子氏文書感想 [雑感]

小保方晴子氏発表文書

どのような状況下であっても必ず十分な結果をと思い
→簡単に作れるのが、STAP細胞の最大の利点ではなかったのか?

必死に過ごした3か月でした。
→仕事は皆、必死でしています。

与えられた環境の中では魂の限界まで取り組み
→その環境を作り出したのはご自身。心身の限界まで取り組むことは、
子どもから大人まで、多くの人が経験すること。
その状況で「魂の限界」という言葉が浮かんでくるのが理解できない。
そんな詩的な言葉を思いつくゆとりは通常無いよ。

今はただ疲れきり
→小保方さんが疲れているか元気なのかは、この発表には全く必要無いこと。
STAP細胞を作れたのか否か、それが今回の報告であったはず。
不必要な感情の吐露は不快。同情を引こうというのか?

このような結果に留まってしまったことに
→こんなあやふやな言い方ではなく、はっきりと「できませんでした」と
客観的な事実のみを報告するべき。

大変困惑しております
→困惑しているのは、あなた以外のみんなです。
あなたは「在る」と言い、「200回以上成功している!」と言った。
それを証明する機会を与えられたのだ。
あなたは今、「困惑」なんていう言葉を使える立場ではない。


私の未熟さゆえに論文発表・撤回に際し、理化学研究所を始め
多くの皆様にご迷惑をおかけしてしまったことの責任を痛感しており
→であれば、「魂の限界」とか「困惑しております」などという言葉を使ってはいけない。

お詫びの言葉もありません。
→いいえ。あなたはきちんと会見に出席し、
自分の言葉で謝罪をするべきでした。
それが責任をとるということであり、人としての礼儀です。

検証終了を以て退職願を提出させていただきました
→あなたは退職願を提出出来る立場ではないと思います。
普通に考えれば、懲戒解雇です。
あくまでも所属機関の判断を仰ぐ立場だと思います。

最後になりますが本検証実験にあたり検証チームの皆様はじめ、
ご支援・応援してくださった方々に心より御礼申し上げます。
→あなたがすべきは御礼じゃなくて御詫び。



     野依理事長は「まだ若く将来があるから・・」
     という主旨のことを述べておられたが、
     同じように「将来のあった」一人の人間が亡くなっている。
     亡くなった人は、何をどうしても戻ってこない。
     今回の事の重みをきちんと認識させないことは、深い深い罪である。



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長い長い一日のお話 [雑感]

誰かが退職していくときは、長い長いシュレッダーの音が続く。

先週。私はその音を流し続けた。


とある事が起こり、それが引き金となり、
「もう退社させてください」と告げた。
「出勤日も、心身の限界を超えているので今日までにしてほしい」と頭を下げた。

返ってきたのは、
「金返してからにしろよ」という言葉だった。

私は返事に詰まり、しばらく沈黙したが、
「今、一度にお返しすることは出来ないので・・」とだけ言った。

上司は背中を向けたまま、
「じゃあ、給料から引いとくわ」と言った。


十年以上働いて、それで最後の言葉がこれか・・
そう思いながら、あらゆるペーパーをシュレッダーにかけた。

ああ、もうこれで終われる。
バカなあいつとももう関わらないですむ。
満員電車にも、もう乗らなくていいんだ。
夕ご飯も今よりずっと早くに食べられる。
風呂も毎日入るんだ。


もう上司は、私がそこに存在していないように仕事をしていた。

ああ、そうか。
こうして全く名前を呼ばれなくなるんだ。

毎日毎日自分勝手に、聞きたいことだけ聞くために
名前を呼ばれていたときはうるさくてたまらなかったが
こうして完全に無視されるというのも、なんだか屈辱的だな・・
と思いながら、書類をまとめ、ゴミ箱とシュレッダーに分けていった。

途中で一度上司に呼ばれた。

何かと思えば「お金の」話だ。
私が今まで書かされた借用書の枚数を、一緒に確認した。
上司も私も記憶が定かではなく、互いに覚えている真ん中あたりの数字で決着した。

又席に戻って整理を続ける。

ああ、もうこの景色を眺めるのも最後だ。
全く無いとは言わないが、感傷など少ないものだった。

働いて働いて働いた。
でも私はようやく骨身に染みて分かったのだ。

この会社では、実績も、努力も、礼儀も言葉遣いも退勤も何にも関係ない。
関係があるのは、トップに気に入られるか否か、ただその一つのみだ。

私は「気に入らない」と思われた。
なのでどれだけ実績を残そうが、入院中に仕事をしようが、自腹を切ろうが、
決して給料も職位も上がらなかった。

そうだそうだ。どうしてそんなことに気付くのに、こんなに時間がかかったのか。
いや、気付いてはいた。
十二分に気付いていたけれど、芯からわかってはいなかったのだ。
つくづく自分はバカだった。

窓の外は夕焼けに染まっている。
ああ、この景色が、この景色だけが好きだった。

又呼ばれた。

「借りたお金をまとめて返せないなら給料から引くと、その旨借用書を書け」と言う。

私はもうくたびれ果てて、どうでもいいから早くこの会社と縁を切りたいと思い、
小さく「はい」と言って席に戻った。

万年筆キャップを外す。

借用書

 私、儀―

一旦書き上げて、こんなのあんまり理不尽じゃないか! 
という思いがこみ上げてきた。

どうしてこんな思いをさせられなければならないんだ。
ボーナスをもらっていればそれで返せた。
だけどこの数年私だけボーナス無しだったんだから、返せるわけがないじゃないか。


あの・・
今、この金額をまとめてお給料から引かれると、生活できなくなってしまうので
ご勘弁いただけませんでしょうか。

相変わらず背中を向けたまま、冷たい上司は言うのである。
「だってあなただって、僕の言うこと聞かないで辞めていくんでしょ?」

・ ・なので、半年前にお伝えしましたように、もう体力が続きませんので、
今日まで頑張ってきましたが・・

冷たい背中はしばらく無言で、最後に「わかった」と言った。


送るべきメールを送り、資料のおき場所を、いまやただ一人になった先輩社員に伝えた。

そして手元に小さな手帳が残った。

上司のスケジュールが書いてある。
私が営業して集めて回ったアポやスケジュールが詰まっている。

私は先輩に、「ここに社長のスケジュールが書いてあります。
前の日にはリマインドして差し上げてください」と付箋を貼った手帳を渡した。


もう日も暮れて、上司が私を呼んだ。

「ちょっといい? お金の話」

又金の話か。
長年勤めた部下が辞めていくのに、最後の最後まで金の話か。

そう思いながら、上司の後をついて別室に行った。


「そんなに体が辛いなら家でやれ」と、上司は言った。

それから、
「あなたの今回のボーナスは、もう振り込んであったんだよ」と言った。

へっ?

「振り込んであったんだよ、もう」

私は一瞬思考がとまったが、
「ありがとうございます」と頭を下げた。

「もうこれはいいから」
そして机の上の、私が今までに書いた借用書の束を、
上司は重ねて一度に破いた。


私はこの人を、好きだったことがあったんだな・・
なんてことを思った。
もうずっと昔の話だ。

私は女性ホルモンを徹底的に押さえつける治療を続け、
もう愛だの恋だのときめきだのは、遠い遠いとろこに行ってしまった。

今はただ、小汚い身なりの、疲れたおばさんになった。


私は、この会社を大きくしたかった。
だから命を削った。
硬膜外麻酔を入れながら、消灯のすぎた暗い部屋の中で
上司からのメールに返事を打った。


男女関わらず、自分の気に入った社員には優しく接し
そうでないものには辛く当たる。
ただでさえ後者にとっては不愉快だが、
私は女として屈辱を感じていたのだ。

そんなものは人の好みと思っても、自分がその中に入れなかったことに
女としてのプライドが傷ついていたのだ。

尽くしてても尽くしても、それを当たり前のように礼も言われず、
別の社員と笑い声を上げている上司を憎んだのだ。


初めからもっと素直に言えばいいのに・・と、上司に対して思う。

私は自分の行為に見返りを求める。愛情じゃないから。
認められなくていい、なんて思わない。
きちんと認めろよこのやろう!!と思う。


定時で上がれることになった。

先のことは知らない。

今を頑張ることしか出来ない。



嘘だと前置きしなければ、言えないことがある。
嘘だと前置きしてもなお、言えないこともある。

此処にかかれたことが事実か事実でないか、それについては触れない。

そんなことは、もうどうでもいい。




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言霊 [雑感]

子どもの頃から、日記をつけていました。

日々何があった、と書くのではなく、うれしかったこと悲しかったこと、
出来事よりも心情に重きを置いて、
書きたいときに書きたいだけ書いていくものでした。
なので、一日に十何ページも費やすときもあれば、書かない日が続き、
一冊のノートを何年にも渡って使ったりもしました。

書くというのは、「切り離す」ことでもあるように思います。

生涯思い出したくない記憶は別として、今日あった嫌なこと、腹が立ったこと、
理不尽だと感じたこと、それらを文章にしてしまうことで、
自分から切り離す。

書いているうちに自分の気持ちもまとまって、
「まあ、とりあえず一段落ついたかな」
「また明日から頑張るか」、そんなに気持ちになれました。

なので、見る方によっては「まあた、こんなこと書いているよ。いつまでやってるんだろう」とあきれることもあったかもしれませんが、私にとっては自分の気持ちの整理の場所でもあったわけです。

ブログを書いている人は、多分これから減っていき、それでも一定数は残るんだろうなと感じています。

いろんな人の、いろんなブログをお訪ねしました。

玄人はだしで「へたな本買うよりもなんぼかおもしろい! ! 」という方もいらっしゃいましたし、平易な言葉の素朴な文章で、優しいお人柄がにじみ出ているような方もいらっしゃいました。
とある人妻の不倫のブログは絶頂期から始まって、おそらくは終結、久しぶりに覗いたときには、ご主人が病となっていました。多分ご主人は全て知っておられたのでしょう。

私がここを、自分の気持ちの整理の場所としても、楽しかったことうれしかったことを書く場所としても、それは私の自由です。

私は誰かの思惑のためにブログを書いているわけではありませんし、
誰かを満足させるため、誰かの意に沿ったことを書くためにブログを綴ってきたのではありません。


日本には「言霊」という言葉がありますね。

例えば不吉な言葉を使うと、不吉なことを招いてしまうから使ってはいけない―
そういう解釈だと思います。

私もずっとそう思っていたのですが、ある時中島みゆきさんが「言霊」について
しゃべってるいるのを拝見しました。

その解釈は、世に言われる「言霊」の解釈とは、全く違うものでした。

上手く表現できないのですが、人と人との間で共鳴するもの―
そういうものとして、捉えておられるように感じました。

昨日から、nice!もコメントも受け付けない設定にしてあります。
これは、大変に残念なことでした。
本当に残念です。

私は、文章を飾ろうと思ったことも、文章で飾ろうと思ったこともありません。
飾りを排した文章が書ければどんなによいだろうとは切望します。

私の拙い文章を目にしたどなたかが、もし何かを感じてくださればうれしい。
この拙い言葉が、誰かの心を震わせたら、それは何とうれしく励みになることでしょう。
しばらく、どなたからの言葉も受け取ることは出来ません。
でももしもどなたかの心が震えたら、私の心も共鳴して震えるような気もします。

それこそが、私にとっての「言霊」です。


少々疲れました。

年末まで、しなければならないこともいくつかあり、ブログの更新も減るかもしれません。

少々ではなく大変疲れました。

「お腹に赤ちゃんがいます止めませんか?」のコメントに対応したときもかなり疲れましたが、とても疲れました。

疲れても元気でも、雨でも晴れでも、暑くても寒くても、12歳からしてきたように、
嫌なことがあれば文章にして気持ちを整理していくでしょう。

願わくば、たまたま此処を訪れてくださった方々と、この私との間で
「言霊」が絶えませんように。




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お願い事 [雑感]

to みーこさん

あの頃があったから、今がある。ありがたい。

これは、私が日々思っていることでもあります。
私は、生まれてから今日までの全ての日々を否定しません。

あなたの目には、私は、恨み恨みで生きているように映るのかもしれない。
でもそれは違います。
私は愚かで至らぬところも多い人間ですが、愚かしく素直な人間でもあるのです。
些細なことに喜びや幸せを感じ、「ああ、ありがたいなあ」と思いながら生きているのです。

このブログには、怒りを書いていることがありますが、書くことで気持ちをまとめ、
心を落ち着かせることができているのです。

私の書き方が未熟なのか、そういうことが伝わらないとしたら残念です。


私はこれまで、全てのコメントを受け入れてきました。
ブログの設定で、様々な形でコメントの拒否は出来るのですが、
それはしないできました。

この拙い文章を読んで、感じたことをコメントしていただくことは
大変うれしく、ありがたく、私の支えとなることでした。

耳に心地よいことだけではなく、例えば反対意見や、誤解に基づく意見でも、
それはそれで考えのきっかけになることでした。

私は私なりに、あなたの残してくださったコメントについて考え、
自分の意見や思いを記載しました。
あなたのコメントを最初から一切受け入れない姿勢であれば、
お返事はしませんでした。

いただいたコメントは全て繰り返し読み、私の考えも述べました。

それに対するコメントにも、再び考え、お返事をしました。

もうこれ以上、あなたとのやり取りでエネルギーを使うことは、
私には出来ません。
あなたの意見を受け止め、それを考え、自分の気持ちを何とかきちんと伝えようと返信することは、大変な気力が必要でした。

申し訳ないのですが、もうコメントは残さないでください。


あなたが何をどうお感じになるかは、あなたの自由です。
そして、私を含めた他者が、何をどう感じるかも、それぞれの人の自由です。

ここを訪れてくれた人にまで、侮蔑的な言葉を残さないでください。

そして、もしあなたが私以外の人のブログにも、ご自身のコメントを繰り返し残していらっしゃるとしたら、相手の心身の状態をよくよく考えた方が良いです。
鬱を患っている人に、長く入浴していないことを指摘したりすることは、
最悪の場合、相手を自死に追い込む危険を含みます。
全ての人には、あなたの知らない状況や歴史や、喜びや悲しみがあります。
その前提でしか、人と接してはならないと、私自身への戒めも含めて思っています。


考えてくださり、アドバイスをしてくださったことは、ありがたく思います。
あなたからいただいたコメントは、全て、繰り返し読ませていただき、
私なりに考えました。ありがとうこざいました。

これを最後のお返事とさせてください。


もし、再びコメントを残されたら、大変残念ですが、全てのコメントを拒否する設定といたします。

あなたが、お幸せでいらっしゃることを願います。

                                           Sho



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人の庭を荒らすな [雑感]

>不幸不遇に浸りただ文章で飾りたてるだけでなく、自分のため他人のために骨を折ること。
やはり甘いなと思ってしまいます。
もっと重いものを抱え、向き合って血と汗を流している人はたくさんいる、と
ベタなことを伝えたくなってしまいます。
「それくらいで」とは言えませんが、大げさな言葉の飾りたてが尚更そう思わせます。




あなたは、私の何をご存知か?

あなたが苛立ち、努力が足りないといい続ける相手は、
このブログを読んで「あなたが勝手に想像したSho」という存在なのだ。
それは私ではない。

私がこのブログで書いていることは、今まで生きてきて感じた痛みの中では、
「蚊に刺された」たぐいのことに過ぎぬ。
蚊に刺された痛みを書こうが、致命傷を負ったときの痛みを書こうが、それは私の自由だ。
ここに書かれた程度の痛みを、私が生涯で追った傷の痛みと決め付けているのは
あなただ。

もう散々繰り返した。

人は、本当に辛かったことは、簡単には話さない。
話せる類のものではない。
じっとじっと胸の奥に抱えたまま、誰にも言わずに生きている。
今日、満員電車で隣り合った人も、横断歩道ですれ違った人も、皆、
人には言えない悲しみを抱いて生きている。

それを想像しないで、今目に見えていることだけを事実と決め付け、
やれ努力が足りないの、もっと大変な思いをしている人がいるだの
私はこんなに大変な思いをしてきた云々と言い募るのは、愚かである。

ろくに知りもしない他人に対し、「あまい」だの「そのくらいで」などと告げるのは、
無礼の極みである。


こういうことは、言わなくても分かる人は分かっているし、言ったところでわからぬ人は、未来永劫分からない。



ここに書かれた私の文書を読まれ、私が十年一日の如く、何の進歩も無く、
努力も無く、ひたすら愚痴を垂れ流していると感じる人もいるのだと分かった。
何を進歩と言うのかはいろいろあろうが、私が十年以上今の仕事を、愚かしくも懸命に、あっちにぶつかりこっちにぶつかりながら続けてきた、そこにこそ進歩に近いものを見出してはもらえなかったか?



私は、誰かに感心してもらうためや、誰かに褒めてもらうためや、すごいと思ってもらうためや、もしくは誰かの満足のためにブログを書いているのではない。

私は文章で飾り立てようと思ったことも、
文章を飾り立てようと思ったことも無い。

勝手に決め付けるな。

切れない刀を振り回すごとく、空疎な言葉を並べ立てて他者を貶め、
自分は一段も二段も高いところに居ると主張するのは滑稽である。

「墓標」と言う言葉の、何を飾り立てているというのか?

それは読み方が間違っているのである。

私は「墓標」と言う言葉から、一切の飾りを排除した清清しさを感じたのだ。


私は書きたいから書いている。それだけだ。

文章だけを磨き上げようなどと、思ったことも無い。
そんなこと、何の価値があるのだ。


上手い文章を書こうなどと思わない。
私のこの拙い文章で、結果、読まれた何方かが何かを感じてくださればうれしい。
けれどそのために書くのではない。



人の胸を打つ文書とは何だろう。

それは、技巧とは全く別のところにある。
人の胸を打つか否かは、書かれたものに「魂」があるか否か、その一点のみで決まる。

どんなに拙い言葉でも、文法が間違っていても、そこに魂の叫びがあれば、
それは読んだ人の胸を打つのである。


あなたは、ご自分が作り上げた「Sho」という人間に
苛立ち、怒っておられる。

それは「私」ではない。

フィクション」「ノンフィクション」とは別の話だ。


ここは、私の庭だ。

あなたの庭ではない。

この庭の景色や趣が気に入らないなら、
あなたはあなたの庭を、お好きなように作り上げられればよろしかろう。

もうこれ以上、私の庭を荒らすな。



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