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孤独であること [雑感]

自分の乳房が一つしかないこと、
自分のお腹の中に、子宮と卵巣が既に無いこと
そんなことは思い出しもせずに日々を暮らしている

それらは別に私にとって、嘆き悲しむことではない。

愛も恋も、もう遠い遠いところに行ってしまった。
それもまた、悲しいことではない。


何故昔はあれほどに、男の人からの庇護を乞うたのか。
「可哀そうに」と、
「手を差し出してやらずにはおられない」と、
思ってほしかったのか。

そんなものはもういらない。

私は一人で生きていく。


孤独であることよりも、孤独な時間を持てない方が、
私にははるかに恐ろしい。


男の人と睦みあいたいという気持ちも消えた。

もしそのような場面に至ったとしても、
服を脱いだ私の体は、
もはや異形ともいうべき姿になっているのだろう。
それを見て、欲情する男がいるとは思えない。
それはさみしいことではなく、
ただ、そう思うだけだ。


夫もいらない。
恋人もいらない。
もちろん、「私は」ということだ。

家族を育む生き方があり、私はそれを尊重する。
私は別の生き方を選んだ、ということだ。¬


孤独でよいのだ。
ほとんどの人は孤独なのだ。
それを、友達やら同僚やら異性やらで紛らわせているだけだ。

すぐそばにどんなに親しい人が居ても、
人は本来孤独だ。


可哀そうになどと思ってくれなくてよい。
手など差し伸べてくれなくてよい。

私を理解してくれなくてよい。

嗤いたければ嗤えばいいし、憐れみたければ憐れめばいい。

その人たちの感情は、私に何も及ぼさない。


ただ。
死ぬまでは女でいよう。

形状ではない。
心、でさえもないかもしれない。

女がどこに宿るのか、私はいまだわからない。


それでも私の中に、女は潜んでいる。

彼女は3つくらいの女の子のように、
日頃は私の中でお昼寝をしている。

そして時々、起きてくる。

私たちは顔を見合わせて誰かのことを思い浮かべ、
馬鹿にして笑ったりする。
大嫌いな女のことを、二人でじっと睨んだりする。

彼女はたまに、私の中でけらけらと笑いだす。
そうすると私も可笑しくなって、声をあげて笑う。
私たちは互いの笑い声が相乗作用を起こしたように笑い続ける。



虐めたいなら虐めればいい。

ここまで痛めつけて、まだ足りないか。


おまえの精神と私の精神では、
悪いなあ、私の精神の方がはるかに強い。

おまえは自分の弱さを知っていて、私が憎くて怖くて虐め続ける。

私を虐めれば虐めるほど、
おまえは私が怖くなるだろう。


私は自分の足で、一人で生きていく。

差し伸べられる手など、要らない。




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