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覚え書き2015.06.07 [雑感]

私が、確か大学二年生の時、現代日本文学を教えていた先生が、授業中に何気なく言った。

「状況は、常に変わるものとして捉えなければなりませんね」

あの頃は、今までの人生で、とても辛い時期だった。
私にとってその言葉は、暗闇の中に射した一筋の光のようになった。


確かに。
状況は変わっていた。
当時私が恐れ、未だに許していない人たちの、たぶん半分以上は死んだ。
決して死んでほしくなかった母も、死んだ。
壮年だった人は老年に、子どもだった私は、孫を持つほどの歳になった。

やまない雨がないように、永遠の晴れもないように、状況は刻々と変っていった。


このごろお休みの日には、youtubeで、見逃した古いドラマテレビ番組を見たりしている。その番組の放映時期を確認し、当時の自分を思い出したりしている。
一向に風の通り抜けない暑いアパート、元号が変る気配を感じた秋、交差点に立つビルにかかっていた大きな広告。
当時の女の人たちのお化粧や流行の服を、思い出したりしている。


去年の暮れに、私と同じ業種の人が、別のオフィスに入ってきた。
今まで何人もの人が臨み、誰一人として、結果を出すことは出来なかった。
私は、今までに培ってきたすべてを、彼女に伝えることにした。
物理的に離れているので、彼女とは毎日、スカイプでチャットをしながら仕事をしている。
電話のかけ方をフォーマットにし、文案はすべて考え、彼女が扱う全案件に目を通した。
半年たって、彼女とのチャットが、辛い仕事の支えになった。
お互いに本好きとわかり、好きな作家のことや、読んだ本のことをチャットする。
社長のことは互いに「ジジイ」と読んで、悪口の限りを尽くす。
嫌いな同僚は動物の名前、こんなひどいこと、あんな許しがたいことをしていると中継する。
会社は、相変わらず、人が入っては辞めていく。
誰も居つかない。
なので会社としてのレベルは、一向に上がらない。


先日総合病院に、紹介状を持ち、足の手術について話を聞きに行った。
片方は末期、もう片方も、あと数年で手術が必要になるだろうとのことだった。
手術をするとしたら、亀の世話や仕事の繁忙期をはずす意味で冬しかない。
当初は、来年の年明けに受けようと考えていた。
ようやく満額、といってもスズメの涙の切っぱしほどのボーナスを、夏と冬、二回もらったら手術をしようと思ったのだ。
けれど、どう考えても、資金はぎりぎりになる。
ボーナスを受け取れなかった4年間で、生活用品などはほとんど使い物にならなくなっている。服も然り。
あらゆるところが、ぼろぼろなのだ。
それらを買って、年が明けたらすぐにアパートの更新もある。
もう、今の会社にはほんの少しでも貢献したくはないが、ここはしっかりと損得勘定をし、自分に損が無いタイミングで辞めたほうがいい。
当初の予定を一年先延ばしにするか。
今、それで揺れている。


先日の外来で、パキシルが減量となった。
私はたぶん、もう「うつ状態」ではないのだ。
この部屋の散らかり具合は、ひとえに私のだらしの無さと、そして
慢性化した疲労からきているのだろう。
パニック障害は。
これは、循環器内科で精密検査をし、いままで何度と無く言われてきたように、
「特に心臓に問題はありませんね」と言ってもらい、
ついでに、「私が、今、心疾患で死ぬ確立はどのくらいでしょう?」と尋ね、
「そうですねえ・・ほとんど無いです」とでも言ってもらえば、
それでもう治まる気がする。


そういえば、先日初めて「Dr. 倫太郎」を見た。
あらすじは、webで見ていた。
うーん・・
倫太郎先生、えこひいきはいかんですよ。
ストーカー女の担当を外れたのなら、夢乃の担当も外れなさいな。

二十年前、十年前でも、こういうドラマを見たら、私は泣いただろう。
愛情を乞い、心配されることを乞い、庇護を乞うた。
今はもう、ない。
私は一人で生きていく。
もう男の人に、心配してほしいとも、守ってほしいとも思わない。
そういうことを手放して、他者に気を遣わずにすむ生活を得た。

つくづく、人生というのはわからないものだなあ、と思う。
「状況は常に変っている」というそのことが、
雲間から射す光のように、パンドラの箱の隅で眠る希望の存在のように、
今でも私を、支え続けている。



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