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年に何回かしか開かないノートに記そうと思っていたこと [雑感]

ネットで「うつ」について見て回っていたら、ご自身もうつになり、投薬無しで快復したという精神科のお医者さんのことを見つけた。結構有名な方らしい。
その方がおっしゃるには、「うつは、体からの愛のメッセージである」。
真面目に真面目に頑張ってきた人に、「もうしんどい」「本当はこんなこと嫌なんだ」「もう休ませてほしい」そういうメッセージを、体が送っているのだと。

おっしゃることは実に良くわかる。私なりにだが。

「ガス漏れの警報機がなっている時、ガスの元栓を締めますか?
それとも警報機をとめますか?」という例えもされているようだ。
これも実にわかりやすい。

そう。メッセージなんだろう。
きっと。


小さい頃から我慢ばかりしてきた。
昨日も我慢、今日も我慢、明日も我慢、永遠に続く我慢。
そして、心の底から安心するということがなかった。
そのまま私は大きくなった。



私はたった一枚しかないスカートと、ユニクロで買った色違いのセーターを交互に着て会社に行く。真冬であろうと真夏であろと、その一枚のスカートを履いている。
好みの洋服や靴を買えていたのはもう何年も前だ。
伊勢丹からのバーゲンのDMが届くと胸が躍った。
そんな楽しみは、もうずっと、無い。

必死で働き続きけ、それでもお洒落すらできずじっと手を見る生活が続けば、
あらゆる意欲も消失しようというものだ。


数日前に、久しぶりに切れた。
最初は静かに諭していたが、「だって・・」だの「でも・・」だの
「どうして謝らなきゃならないんですか」だのほざいているから怒鳴った。
知らない人が見れば、私が一方的にいじめているように見えるだろう。
そうじゃない。
私はそのときまで、我慢に我慢を重ねていたのだ。
変な電話応対、間違った言葉遣い、先方に対するおそらく本人は気づいていない失礼な言動。
こんなことは、別に私が言わずとも、担当チーフである青年が教えて然るべきなのだ。
しかし、果てしなくやさしいが果てしなく保身に走る青年は、決して他の人に注意はしない。
だから私が意地悪ばあさんになるのだ。


オフィスにいた上司は、何も言わなかった。
まるで、喧嘩を始めた嫁と姑から逃げる旦那のように、自分の仕事に没頭し始めた。
以前なら私は罵倒されたはずだ。
今は、ない。
そうしたら私はすぐに「では辞めます」と言うからだ。
私はもう、早く辞めたいのだ。
上司はそれを十分知っている。

アルバイトに降格し、私だけ四年以上もボーナスを支給されなかったこと。
がんの手術で何度も入院したが、そのすべての時でも私は病室にPCを持ち込んで、
仕事のメールに対応し続けた。
そうやって業績を伸ばしてきた人間からボーナスを取り上げ、
数年にわたっていじめ続けてきたことを、された方が許すわけではないではないか。

立場は、完全に逆転した。



同じ職種で、去年の末から人が加わった。
多分、物理的に離れていることが良かったんだろう。
今まで来たどの人よりも上手くいった。

私は、自分の持っているすべてを、今、彼女に伝えつつある。
スカイプのチャットで、職場や上司に対する不平不満をぶちまけあい、
上手くいったときには称えねぎらい合っている。
状況は、雲が流れていくように変わっていく。



上司は好き嫌いが激しく、気分は猫の目の様に変わる。
お気に入りにはお気に入りに対するように、そうでない者にはそのように対応する。

「○○さんは、社長のお気に入りですもんね。話すときの声まで違いますよね」
そういうことを、今まで何人のスタッフから聞いてきただろう。

ただでさえ気に入られておらず、小汚くなった私に対する態度など
推して知るべし、だ。

お気に入りと話す声が聞こえる。
向かい合って話していること自体が楽しくて仕方ないのだろう。
1分で済むような話を、延々と続けている。
上司が声を上げて笑っている。

そう。こんなものだ。

命を削って私は仕事をした。
この会社を大きくしたくて、少しでも上に行かせたくて、
全身全霊で仕事をした。
皆辞めていった。
私は辞めなかった。
ボーナスを取り上げられても、私より後に入った男性スタッフが早々と役付きになっても、
あんたから苛められ続けても、私は働き続けた。

普通ね。情のひとつも沸くだろうと思うわけです。
自分の会社のために、身を粉にして働いてきたスタッフだ。
体もメンタルも壊して、ぼろぼろになりながら働いているスタッフだ。
別に男女の感情ではなく、人として「情」が沸くのが普通だろうと思う。

でもまあ、そうはならないらしい。
お気に入りとの談笑は続いている。

私は、我と我が身を思う。
入浴できず、洗顔できず、粉を吹いた顔に安物の服を着た自分の姿を思う。


私は、「色っぽい」「女っぽい」と言われることを、何よりも好んだ。
そして、そう言われ続けて生きてきた。
卵が先か鶏が先か、私は小汚くなり、上司は私を蔑んでいる。
私の女としてプライドは踏みにじられた。

乳房を失くしても、子宮と卵巣を失くしても、それで色気が消えるわけではない。
私にはわかる。
「女」は、「心」に宿るのだ。
その「心」が、疲弊しきっている。
「お前は女として何の魅力もないんだよ」と嗤われ、化粧をする力さえも失せた。


色気を復活させる特効薬は、「恋」だ。
でも。
今の私には、恋も、ときめく心も無くなっている。



「こんなの嫌だ!!!」と思い、思い続けて日々を送り、記憶の生じた時代から我慢をし続け、
私の体は反乱を起こした。

それがパニック障害だった。



あと、二十年。
もしくは二十五年くらいだろうか。
私が生きているのは。

その間にもう一度、きれいになりたい。

女も、男も、外見も中身も、体力も学力も、技術も仕事も、すべからく、
磨けば光る。
磨かなければ曇っていく。

問題は、磨く気力と体力が、失せているということ。


何を又同じ繰言をしつこく・・と、お思いの方もおられよう。
私はしつこいのだよ。
そして、こうして繰り返し繰り返し心に思うことを記していくことが、
私の中に力を蘇らせる、何よりの、方法なのだよ。
誰が授けてくれたのか知らない。
これが私に与えられた、最強の「武器」なのだ。



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カオリ

うつはからだからのメッセージというのはわたしもその通りだと思います。真面目な人ほど、我慢して我慢して頑張ってしまう。だから「もうこの辺で休もうよ」ってからだが警告を出すんでしょうね。

最近のShoさんのご様子から、いろんなものが吹っ切れたようなご様子が伝わってきます。会社や仕事への適度な距離感というか・・・。
早々にリタイアしてしまったわたしがこういうことを書いてもいいのかわかりませんが、Shoさんに力が蘇ってくる日は近づいているような気がします。
by カオリ (2015-04-01 20:56) 

Sho

to カオリさん

あたたかいコメントを、ありがとうございます。

仕事は― この文章を書いた後で、又いろいろありまして・・
世の中には、自分の気に入らない人間を、徹底的に、痛めつけて、
いわば「去勢」させなければ気が済まない人がいるのですね。

「自分が一生かけて本当にしていきたいこと」を見失わないように、
今の仕事は、できるだけ早い時期に、できるだけ嫌な思いをしないで辞めていくように、それだけを考えていきたいと思います。

by Sho (2015-04-03 07:56) 

ksei

昨年の11月からブログを拝読しておりました。
当時、僕は恋愛から来る鬱でした。いや、鬱と表現するにはおこがましい程度の症状だったかもしれません。でも、自殺企図は毎日のようにありました。
何気なく、今井美樹のPIECE OF MY WISHの歌詞をGoogle検索したことがきっかけで、このブログに辿り着きました。Shoさんのお悩みを、僕の単なる恋煩いと比べてはならないと思いますが、勝手にシンパシーを覚え、勝手に元気を頂いておりました。

結局相手とは破局し、一時的に鬱が強まる一方で、薬物依存の身体から薬が段々抜けていくように、その後は快方へ向かっていきました。ブログにもあまりお邪魔しなくなりました。
今ではもうすっかり快復したのですが、今日ふと思い出して久々に訪問させていただいた次第です。

恐らく、性格的にShoさんと似通っている部分だと思うのですが、これまでの人生、とにかく人を傷つけないように、毎日あらゆることに気を遣って生きてきました。
でも、自殺しようかと考え続けているうちに、死ぬなら思いっきり自分勝手してからにしたい、という思いが芽生えてきました。
それが果たして正しいのかどうか分かりませんが、結果的に僕は未だ生きていますし、最近は自分のやりたいことを最優先するようになったので、久々に心から「幸せ」を感じています。

僕はまだ大学生ですので、とても偉そうなことを言えた立場ではありませんが、Shoさんも是非、自分勝手に生きてください。自分が率先して嫌な思いをする必要なんて無いんだと、僕もようやく分かるようになりました。
Shoさんがこれから「幸せ」を手にされること、お祈りしております。
by ksei (2015-04-16 03:33) 

Sho

to kseiさん

コメントをいただき、ありがとうございます。
kseiさんからいただいたコメントは、とてもうれしく、ありがたく、私自身の励みにもなりました。
現在は元気に過ごしておられるご様子、私もうれしくなりました。
 私は学生時代、「まだ若いから」とか「学生のうちは甘い」などということを言われるのが、地団太踏むほどに嫌でした。
学生であろうと社会人であろうと、年配者であろうと子どもであろうと、
"経験"は、あまり年齢に関係ないと思っていました。
今もそう思っています。

それでももし、学生の方々に何かまぶしさを感じるとしたら、「手持ち時間の長さ」です。
かつて山口瞳氏は、成人した若者たちに「君たちは大金持ちだ!!」というエッセイを寄せられました。
「手持ちの時間」は何物にも変えがたい宝物である―というような内容でした。
kseiさんの未来がご多幸でありますように。

いただいたコメントを読ませていただき、思ったことがありましたので、
拙い文章を書きました。
もし、お読みいただければ幸いです。
by Sho (2015-04-19 19:37) 

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