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「空気人形」 [映画]

空気人形は、ダッチワイフである。

でも「空気人形」というと、とたんに卑猥さがなくなるような気がする。

紙風船やシャボン玉のように、人の息で膨らんで
はかなく流れていく、そんなお人形さんのような気がする。



ペ・ドゥナ演じる空気人形は、ちょっとさえない中年の男のもとにいる。
そしてある時「もってはいけない心をもって」しまう。

心をもってしまった空気人形は、お洋服に着替え、街に出かける。
何を見ても新鮮で、ちょっと臆しながら、それでもわくわくしながら街を歩く。

そして空気人形は、何気なく入ったレンタルビデオ店の店員、純一に一目ぼれする。


レンタルビデオ店で働き始めた空気人形は、ある日腕を何かにひっかけてしまい
そこから空気が抜けていってしまう。

へなへなと床に仰向けに倒れたまましぼんでいく彼女のもとに駆け寄り、
純一は穴をセロテープでふさぎ、「ごめん!」と一言言ってスカートを捲くり上げ
おへその空気の入れ口に、自分の口から空気を吹き込んでいく。


空気人形はダッチワイフであるからして、何度も擬似性交をしている。
そのとき、ちっとも幸せそうではない。

でも純一に息を吹き込まれていく彼女は、本当に満ち足りた表情をしている。

好きな人の息で体が満たされていく。

これも一つのセックスなのだろう。

自分が大好きな人の一息で、少し体が楽になる
もう一息で、もっと楽になる
また一息で、伸びやかになる

決して見られたくはなかった自分の無様な姿態を晒している羞恥と
幸福感がない交ぜになり、たまらなく官能的な状態になる。



ラストで空気人形は夢を見ている。

かつて純一といったレストランで、サプライズのバースディパーティーをしてもらっている。
何本もの蝋燭が立った丸いケーキが運ばれてくる。
「さあ、一息に消して」
みんなの笑顔に囲まれて、空気人形は息を吐く。

息を吐く。

息を吐く。



そのとき、現実の空気人形は、もう人形としての役目を終えようとしていた。

夢の中と同じように、息を吐いている。

ふーっ。

ふーっ。

彼女の吐く息が、ちょうどその場に植わっていたタンポポの綿毛を散らしていく。

彼女が吐いている息は、純一が彼女の体に吹き込んだ息だ。


空気人形が出会った、かつて国語の代用教員をしていたという老人が教えくれた
吉野弘の詩「生命は」が、浮かぶ。



生命は
自分自身で完結できないように
つくられているらしい(略)

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ(略)

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない




彼女か飛ばしたタンポポの綿毛は、それぞれに飛んでいく。

そしてほんのちょっとの関わりを彼女と持った人たちのもとにゆく。
誰かは、肩にとまったタンポポの綿毛に、寂しさを一瞬忘れるかもしれない。
別の誰かは、遠い幸せな日を思い出すかもしれない。


純一が彼女を満たしたように、彼女は最期に誰かを満たしていく。


たぶん彼女の息が止まったとき、彼女が横たわるごみ置き場を見下ろす部屋の窓が開く。

部屋の住人は、過食症のOLだ。
ごみだらけの部屋。満たされない心。
その彼女が、空気人形を見てつぶやく。

「きれい・・」



私は空気人形。
性欲処理の代用品。

自分のことを、そう空気人形は言っていたけれど、彼女は代用品としてでなく
ちゃんと他者を満たす役目を果たした。



この映画のポスター、webで、お人形さんのペ・ドゥナが写っている。
お人形の無機質な質感がよく出ている。
そして、感情のないはずのお人形なのにどこか悲しく寂しそうである。


生きることは、そもそも悲しく寂しいことなのだと思う。

時々とてもうれしいことがある。

そして、とてもささやかな存在である人間たちは、
自分でも気づかぬうちに、ちゃんと誰かを慰めたり、慰められたり
誰かと誰かをとりもったり、とりもたれたりしているのだろう。


今の日本で、この役をできる女優さんはいなかったと思う。

ペ・ドゥナは最高に可愛かった。


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Sho

(^-^)スーさん
ありがとうございます。
この詩のように、人はそもそも何かしらの欠如をもっているもの、と捉えると気持ちがずいぶん楽になりますね。
自分も空気人形になって、好きな人の息で満たされたいと思いました。
by Sho (2010-04-18 11:02) 

Sho

(^-^)かものはしさん
ありがとうございます。とてもうれしかったです。
by Sho (2010-04-18 22:23) 

Sho

(^-^)noelさん
ありがとうございます。この映画は本当にお勧めです。
今も毎日、何かしら思い出しています。
by Sho (2010-04-21 22:03) 

cs

この作品、ほんと独特の余韻があって好きです。
是枝監督が描く人への眼差しのいい意味で距離感のあるスタンスって、心地いい気がします。
そしてこの役、ペ・ドゥナさんが演じてこそ、初めて成立するものだったと思えます。キュートで切なくて、無垢なんだけど感覚でもののあはれを既に知ってるような。
劇中引用された吉野弘さんの詩の言葉も、印象的でした。
“そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ”
という部分、なんだかすごく納得できます。
by cs (2010-10-02 16:28) 

Sho

csさん
こんばんは。コメントいただき、ありがとうございます。うれしいです。
そう、独特の余韻、ですよねまさに。
そして作品全体に流れている空気感がとても好きです。
、ペ・ドゥナ、吉野弘の詩については私も同感です。
これは人にすすめたくなる映画です。

by Sho (2010-10-03 01:57) 

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