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「横須賀ストーリー」山口百恵 [歌手]


山口百恵の代表作の一つ。

阿木耀子作詞、宇崎竜童作曲。
「横須賀ストーリー」
シングルでは初めて、この三者の共同作品となった。


阿木耀子は、山口百恵の中に何を見たのだろう。

少女と女の途中にいる。
何かを果てまで見てしまった。
努力とか、誠意とか、思いやりとかが役に立たないことがあると知っている。
多くの人が四十路を越えてから知るようなことを、
学校に上がる前に経験してしまった。

そういったことを、阿木耀子は見つけていったように思う。
そして、山口百恵という一人の少女を主人公に
幾つもの物語を紡ぎ出していった。


この曲がリリースされた当時の山口百恵の歌声は、まだ幼く固い。

引退間際に歌っているのを聴くと成熟した声で
それはそれでよいのだが
熟しきれない一途さを感じる初期の声の方が、この歌には合っている様に思う。


山口百恵の負のエロスは、阿木耀子と宇崎竜童に出逢って最大値まで膨らんだ。

春先の夕暮れに、静かに灯る木蓮のようだ。

柔らかく厚みのある花びらは、最初固く閉じられているが
日を追ってほどけていく。

薄闇の中、真珠のような控えめな輝きは、
花びらが開かれるにつれて回りに広がっていった。


山口百恵のエロスには、「隠微さ」がちゃんと含まれていた。



歌の中、ミルクティーで胸を灼いた少女は
今日こそは彼に確かめようと決意をする。


     これっきり これっきり
     もうこれっきりですか
     これっきり これっきり
     もうこれっきりですか


けれど彼女は知っている。
自分のそんな決心は、もうじき崩れてしまうことを。
彼女は彼に抱かれるのだ。

ミルクティーを注文する少女は、すでに男に抱かれているのである。

     そう言いながら 今日も私は
     波のように抱かれるのでしょう


阿木耀子の凄さはこういうところにある。

女にとって抱かれる行為は、打ち寄せる波に身を任せることであり
波にすくわれそうになったり、そこから逃げようともがくことであったり
波の高みに運ばれることであったりする。

そのまま高波にさらわれそうになり、手首をしっかりと男に掴まれ、
引き戻されることであったりする。


この歌の中の少女は、その性愛の世界をもう知ってしまった。

夜の街で、いつも足早に歩いていってしまう彼。
話しかけているのに、小さなアクビを繰り返す彼。
多分私のことなんか、ほんとに好きじゃないんでしょう?

そんなふうに幼く思い詰める少女。
性愛を知ってしまった少女。

一部が成熟し、一部は未成熟のまま。

そのアンバランスさは、山口百恵の大きな魅力でもあった。



この曲は、まさに山口百恵のために捧げられたような一曲だと思う。

固いつぼみだった彼女は、この曲に出会ったことで、やっと花弁の開き方を知ったのである。




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コメント 3

Sho

(^-^)スーさん
ありがとうこざいます。
この曲に、この文章にnice!をいただけたことは、とてもうれしいです。
by Sho (2010-02-04 00:01) 

よしたか

はじめまして。
まさにふと気になった「波のように抱かれるのでしょう」のフレーズで検索してたどり着きました。
Sho さんの文章、すばらしいですね。僕も子の歌を聴いてぼんやり感じてた魅力を、胸の空くような深い、それでいて簡潔な一言一言で表現して下さいました。
「ミルクティーを注文する少女は、すでに男に抱かれているのである。」
この一文にしびれました。
僕も中森明菜さんや山口百恵さんのファンです。
これからものぞかせていただきます。
by よしたか (2011-05-24 21:57) 

Sho

to よしたかさん

お読みいただき、過分なお言葉をありがとうございます。
この拙文は、じぶんなりにとても好きなものなので、とてもうれしかったです
by Sho (2011-05-26 05:42) 

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