都はるみ [歌手]
1984年の紅白は、ずいぶんと印象深いものだった。
都はるみはこの舞台で20年続けた歌手を引退する、と表明していた。
当時彼女は恋人がいたが、その人は既婚者で、これもマスコミの格好の話題となった。
年末が近づくにつれ、都はるみがメディアに登場する機会は増えた。
たぶんその数年前からと思うが、この人はメイクをガラッと変えた。
髪型を軽い前髪の肩辺りのボブにし、眉は自然に薄く整え、アイラインは目立たせずマスカラのみをつけていた。
口紅はあくまで薄く。
その化粧は彼女にとてもよく似合い、可愛らしく、センスよく、知的に見えた。
1984年、大晦日。
「第35回NHK紅白歌合戦」は着々と進んでいった。
そしていよいよ大トリ、都はるみの登場となる。
彼女は渾身の思いで歌った。
音程に乱れは無かった。
この人は今、自分の全身全霊をかけて歌を歌っているのだと、
二十歳をいくつか過ぎた私にも十分に伝わってきた。
それはまさしく命をかけた、というべきもので
都はるみという一人の人間の、想いと命が宿っていた。
歌が終わり、都はるみは深々と頭を下げた。
否、腰を折ってお辞儀をしていた。
周りに集まってきた紅組の歌手達もたくさん泣いていた。
大量の紙ふぶきが舞い落ちていた。
オーケストラが長いエンディングを演奏する間中、都はるみは顔を上げなかった。
じっと目を閉じて、深く頭を下げたままだった。
今ようやく、この人にとっての長い時間が終わったのだな・・と、テレビを見ていた私は思った。
そのときである。
信じられない、あのことが起こったのは。
男性司会者の鈴木健二アナウンサー(当時)が舞台中央に現れ、観客に向けて話し始めた。
NHKサイドから、ぜひアンコールとして歌ってほしいとお願いした。
けれど彼女は最後の一曲に全力を尽くしたいからと断った。
なのでアンコールの打ち合わせはしていない。音合わせもしていない。
でも皆さん、私が説得してみる。
そして有名なあのセリフです。
「皆さん、私に一分間だけ時間をください!」
鈴木健二アナウンサーは、都はるみのもとに歩み寄り
跪いて懇願した。
この間、都はるみは一度も首を縦に振っていない。
ただただ頑なに、そして時に困惑して一点を見つめたままである。
とうとう「好きになった人」の前奏が始まってしまった。
都はるみはマイクを胸の位置から動かさない。
ハンカチで口元を覆っている。
視線を上げることすらしていない。
伴奏は歌のパートに入る。
それでも彼女の姿勢は変わらない。
周りの紅組歌手達が、泣きながら歌い始める。
都はるみは未だ歌わない。
近くの歌手に声をかけられ、都はるみはうなずく。
そして、ようやくマイクを口元に近づける。
それでも未だ、彼女は歌わなかった。
その少し後、観念したように発した声は、都はるみの声ではなかった。
歌手の声でさえなかった。
彼女は途切れ途切れに自分の代表作「好きになった人」を歌った。
あれは、一つの「残酷ショー」だったと思う。
何故、彼女の思いを遂げさせてあげなかったのだろう。
彼女が全エネルギーをかけて歌った「夫婦坂」で、歌手都はるみを終わらせてあげなかったのだろう。
あの時鈴木健二氏がなすべきことは、会場の観客の意向に応えることではなく
その人達に、歌手都はるみの花道を美しいままにしておくよう、説得することだったのではないか。
説得する相手を間違えている。
私は長いこと、この出来事を当の鈴木氏は、自分のアナウンサー人生の汚点として悔いているのだろうと思っていた。
ところが数年前のNHKの紅白特集番組に鈴木氏が登場し、このときの舞台裏を嬉々として語っているのを見、
自分の推測が間違っていたことを知った。
もう、何をかいわんやである。
都はるみのことを考えるとき、いつも思い出すことがある。
引退発表の席上で彼女が述べた、
「二十年間、女として、命がけでやってきました」という言葉。
当時恋人であり、しかし家庭も持っていた、現在の彼女のプロデューサー中村一好氏のこと。
都はるみがテレビに出ると、母がよく言っていた
「ほらね、はるみちゃんはいつもお着物の襟をキチッと詰めて着付けているでしょ」の言葉。
中上健二氏と親交があったが、その氏の著作を以前から読んでいたというエピソード。
都はるみという人は、本当に芯の強い、とても知的な人なのだと思う。
芸能界で歌手として20年過ごした(今になっては45年だが)ということは、
私などの想像を遥かに凌ぐ、すさまじい精神力を要したことだと思う。
つい最近、この人のサイトを知った。
そして、そこに書かれている彼女のブログを読んで心底驚いた。
なんと美しい、的確な日本語で書かれていることだろう。
言い古された表現などどこにもない。
何気無い言葉達は、皆、都はるみと言う人の一部になっているのだ。
ああいうブログを読んだことがなかった。
この人のライブにいってみたいと思った。
この人の生の声を、聴いてみたいと思った。





自信満々の人って、プラス志向というより、
独善に陥るみたいですね。
by スー (2008-02-16 15:51)
(^-^)スーさん
ああ、そうですね。自信というのも難しいですね。
この「アンコール」のときの鈴木氏は、まさに「独善」だったと思います。
自信。難しい・・
by Sho (2008-02-16 19:54)
この時の彼女の曲に込めた想いの深さを
鈴木氏はいまひとつ酌めていなかったようですね。
この舞台を良いものにする為の司会者がステージを
観る安っぽい客となってしまったような感じがします。
by joker (2008-02-16 23:32)
(^-^)jokerさん
本当にね。数年前の鈴木氏を見る限り、今もって「よいことをした」と思っていらっしゃいましたね。
有田芳生氏の「歌屋 都はるみ」に、このときのことが詳しく出ていました。
この本、お勧めです。
by Sho (2008-02-17 09:40)