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吾が罪をよく知つてをりクリスマス 上野章子 [雑感]



吾が罪をよく知つてをりクリスマス

           上野章子

この句を初めて読んだのは、大学四年の時だったと思う。

講談社の「カラー図説日本大歳時記」の、「クリスマス」の項の
最後に載っていた。

― 吾が罪をよく知つてをりクリスマス

私はその頃、好きな人がいた。

学生時代の恩師で、何年にも渡って私が心の支えにしてきた人だ。

出会ったのは高校生の時だったが、 それから六年経っていた。

その年、母は大病で手術をした。

当時の私にとって(弟も含むが)、母に死なれるということは
そのまま「生きていけないこと」を示した。

親戚は、母方も父方も、敵でしかなかった。

あの夏の夕方、伯母から電話で母の病状を伝えられ
電話を切ったあと、薄暗い部屋の中で
足の裏から突き上げてくる恐怖と戦った。

悲しいとか淋しいという感情ではない。

「恐怖」。

その一語だった。


その人は、私にとっての唯一の味方だった。

そして、大人の男の人だった。

それがどんなに心強いことだったか!

私は年齢だけは大人だったけれど、まだ社会人ではなく
本当の大人たちを相手に戦わなければならなかった。

辛く苦しい戦いだったけれど、後ろにいつもその人が立っていてくれるということが
私の大きな力になった。


私たちの間には、何もなかった。

性的な交渉は、何もない。

ただ一度、抱きしめられたことがある。

それを「励まし」ととるか、「男の情」ととるか、
私は前者だとは思ったが、前者だけではないことも気付いていた。

だから幸せだったのだ。

だからあんなに辛い戦いを、続けられたのだ。

そのときに見せた「男」の顔を、その人はその後一切見せなくなった。

注意深く、排除した。


でも、私は見てしまったのだ。

感じてしまったのだ。

あの時は、一人の男と女だったのだ。



おこるはずもないのだけれど、私はその人と家庭を持ったときのことを想像した。

そうすると、家事の一つ一つが楽しくなった。

空を見上げて変わりゆく季節を感じるたび、その人を思った。

その冬の晩、お風呂上りでぶかぶかのネルのパジャマを着、カーテンから外をのぞくと雪が降っていた。

雪はすでに町並みを覆い、見慣れた向かいのおうちも、道路も、
全てが白く丸みを帯びた線に変わっていた。

街灯に照らされて、街を覆った雪は真珠のように鈍く輝いていた。

光の中、雪は降り続いていた。

私はその人を想った。

その人の住む町にも雪は降っているのだろうか。




ある日、その人の奥様と電話で話す機会があった。

親身に私の母のことを心配してくださり、励ましの言葉を下さった。

電話を切った後、私は泣いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」と思って泣いた。


その人は。

多分今は、空の向こうにいるのだ。







吾が罪を―

この罪とはなんだろう。

道ならぬ恋のように思えるが。


そもそも人が生きていくことは、他者に迷惑をかけることなのだと思う。

「人様にご迷惑をかけないように」
これは心がけとしては立派だが、実際はそうは行かない。

ただ、人がそういう心構えで精一杯生き、その結果生じる他者への迷惑は
これはお互い様というものだ。



いろんな罪がある。

突き詰めて考えると死にたくなる罪も、ある。



いままでに、たくさんのクリスマスとイブがあった。

目を覚ますと枕元に、プレゼントが置いてある朝もあった。

好きな人には想われず、たった一人で「赤鼻のトナカイ」を小さく口ずさみながら
仕事から帰った日もあった。



あの人は、今日は家族で丸いケーキを食べるのだろう。

沢山の写真を撮り、そこには沢山の笑顔が写るのだろう。


私は、一人で丸いケーキを食べる。

ここ何年間かのクリスマス・イブの慣例である。

母が居たころと同じように、部屋の明かりを消して
ケーキの上のロウソクに火をつける。

そして「きよしこの夜」を歌う。

私と弟がそうして歌うと、母は毎年涙を拭いていた。

「またお母さんは泣いてえ」と、笑っていたが
今になれば母の気持ちがわかる。



淋しくはない。

私は自分の罪を、知っているつもりである。






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コメント 8

スー

何となく、越し方を振り返るクリスマスですね。
by スー (2007-12-24 17:18) 

Sho

(^-^)スーさん
はい。ほんとうに。
by Sho (2007-12-24 21:08) 

cafetime

秘めた想いが伝わってきます。

お母さんは、何を思って涙を流したのでしょう?

罪なんでしょうか?

生きて行く上では、いろいろありますね。
by cafetime (2007-12-24 22:00) 

Sho

(^-^)cafetimeさん、ようこそお越しくださいました。
このときの母の涙は、嬉し涙だったと思います。
子供二人が無事に育って、又いろいろあっても一年過ごして今年のクリスマスを迎えられた― という。

父と母は、ドラマなどでウルウルするポイントがわかります。
だいたい子供がらみが多かったように思います。
子煩悩だったんですね^^
by Sho (2007-12-24 22:09) 

夜中の人

望んでいない道を歩んで行かなければならない時があったり、力を振り絞って歩いても思いもしていなかった場所に着いてしまったり・・時には大きな穴に落っこちたり・・人生ってミステリーツアーそのものですね。shoさんの心がクリスマスの優しい光で癒されますように。
by 夜中の人 (2007-12-24 23:47) 

Sho

(^-^)夜中のひとさん、こんばんは。
ああ、本当に「ミステリーツアー」ですね。
行き先も分からなければ、そこまでの道筋も分からない。
だからこそ、歩いていけるともいえるのでしょうが・・・

夜中の人さんに、素敵なクリスマスでありますように。
by Sho (2007-12-25 00:08) 

コロ

メリークリスマス! Shoさん
by コロ (2007-12-25 21:40) 

Sho

(^-^)メリークリスマス!コロさん
by Sho (2007-12-25 22:49) 

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