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「鬼龍院花子の生涯」 [映画]

皆さんご存知の、夏目雅子の代表作。

「なめたら・・なめたらいかんぜよ!!」のセリフで有名。

四半世紀ぶりにこの映画を観て
何故自分が、「極妻」には惹かれなかったかわかった気がした。

それらしき人が啖呵を切っても、とくに感動はしないのだ。

先にあげた、松恵が啖呵を切る、あまりにも有名な場面。

あれは、自分が侠客の娘であったがゆえに殺された
夫の遺骨を分けて欲しいと、夫の実家を訪ねたときのセリフだったのだ。

松恵は、しっかりとした自分の意志をもっているが
決してでしゃばらず、夫を敬愛し、自分の分をわきまえた女だ。

夫の父親にも、礼儀を失しないようにと対面している。

それが、ある瞬間から一変する。

「侠客だかヤクザだかわからんような男の娘と一緒にするなら
 そこらの犬畜生とでも一緒にさせた方が、まだましだった」と、言われたときだ。

骨壷から、夫の遺骨をかき集めるように取り分けていた
松恵の目が据わる。
黒無垢に、少し乱れた前髪で、
自分を取り囲む、夫の親戚筋の男たちをゆっくりと見渡して言うのだ。

「わては、高知の侠客鬼龍院政五郎の、鬼政の娘じゃき・・・
 なめたら・・・なめたらいかんぜよ!」

何故此処で、松恵は自身の出自を述べるのだ。
しかも、夫の親戚からは忌み嫌われた出自をだ。

松恵の啖呵の源は、自らの強さの拠り所は、
「高知の侠客鬼龍院政五郎の、鬼政の娘」である、ということだ。



ここに出てくる男たち、とりわけ鬼政の可愛らしいことといったら、無い。

でかい図体、侠客だなんだと肩をいからせても、
その日その日の気分で床をともにする女を大声で知らせる。

自分の実子ができたらしいと言われれば、
女の腹に耳をあて、踊りを踊って喜ぶ。

妻妾同じ敷地に住まわせ、
その妻が死にそうになると、恐ろしくて居ても立っても居られない。

おろおろと、子供のようだ。

真っ直ぐで、単純で、情の深い男だ。

欲しいとなったら手にいれなければ気がすまない。
恩のある人間には、勤めて礼儀を重んじて、
いつかその恩に報いようとする。

エネルギーに満ち溢れ、身振りも声もでかい。

しかし、その実気が小さくて、ちょっとのことに不安になり
自分の思う通りにならねば暴れ、
自分に逆らうものは張り倒す。

なんだか乳離れできない男の子のようだ。

この映画公開の時、鬼政を演じた仲代達也はちょうど五十歳だった。

鬼政を演じるには、ギリギリ若さが残り、中年の悲哀もだせる
いい年頃だったと思う。


そして、松恵である。

もともと松恵は、鬼龍院の家にくるはずではなかった。

子沢山の実家から、もらわれていくのは弟と決まっていたのに
迎えにきた鬼政に気に入られ、おまけのようについてきたのだ。

子供時代を演じた仙道敦子、成長してからを演じた夏目雅子。
この二人の松恵がきれいにつながって、見ていて気持ちがよかった。

何故鬼政は、松恵を連れて帰ったのか?

ありていに言えば、惚れたのであり
松恵の中に、自分と同じものを見たのであろう。

松恵は、養父母である鬼政や歌の言うことをきちんと守り
しかし、自分の意志もはっきりと持つ少女だった。

松恵は幼いときから、強かった。

その強さは、人を攻撃するものではなく、
耐える強さであり、溜める強さであり、決して負けない強さであった。



四半世紀前に見たときにはわからなかったことが、面白いようにみえてくる。

鬼政は、ことあるごとに「松恵を呼べ!」「松恵!」「松恵!」と、喚いている。

呼ばれると、松恵は落ち着いた様子で、楚々とやってくる。
何を聞かされても驚かない度胸ができている。
しかしそれは露にはされない。

鬼政は、松恵が好きなのだ。
松恵が可愛く、松恵が自慢で、自分のものだけにしておきたいのだ。

そして、松恵に甘えているのだ。


松恵は、芯の強い、そして心の優しい女の人だった。

鬼政が、「花子の婿に」と決めていた田辺が
「松恵さんが欲しい」と申し出たとき、
鬼政は、まさに常軌を逸した言動になる。

それは、親子の情というものを超えていた。

揚句には、「悪い虫がつく前に俺のものにしてやる」と犯そうとする。

ああ、鬼政は松恵のことが好きだったんだ。
まだ松恵が初潮を迎える前から好きだったんだ。

だから松恵を自分の家に引き取り、身の周りの世話をさせ
育ててきたのだ―

他の男のものにするくらいなら、自分がこいつの処女を奪ってやろうと思ったのだ。

なんて単純なんだろう、と、鬼政が可愛くさえ思えた。


松恵は、いつも揺れていた。

鬼政の娘であること。
田辺の嫁であること。

松恵は鬼政が好きだった。
「おとうさん」として好きだった。

鬼政は、自分を愛してくれていた。
それを十分に知っていた。

しかし、そのことは、松恵のもう一人の愛する男、田辺との関係では障害になった。
最終的には、田辺の命を失う結果となった。

松恵は鬼政を愛し、憎み、そして憎みきれなかった。

血は繋がっていなかったが、同じものが二人の体の中を流れていることを知っていた。

二人は親子でもあり、恋人でもあった。

さて、最後に題名にもなっている「花子」のことだ。
映画の中では陰が薄い。

しかし、その花子が強烈に存在を主張する場面がある。

自分がおとりとなって、松恵の夫を殺させ
父鬼政の宿敵である男の下に身を寄せているときだ。

鬼政は、娘の花子を道連れに、自分も男を殺して死ぬつもりで乗り込んでいく。

敵はピストルを持っている。

「花子。お父さんと帰りや」

しかし花子は男の後ろにぴったりと寄り添い動かない。

なんどか促し、鬼政が男に切りかかろうとしたそのとき、
花子は身を挺して男を守ろうとする。

その姿を見たとき、鬼政は全てを悟る。

このときの数十秒間の、仲代達也の目の演技が素晴らしい。

自分の知らないうちに「女」になっていた娘に驚き、
娘が自分以上に愛する男をもっていたことに驚き、
娘はもう子供の頃の娘には戻らないこと愕然とし、
いったん全てを拒否して、
そして全てを受け入れるのだ。

男の人は哀しい。

惚れた女と結ばれるとき、男は女の父親から娘を奪うのだ。
手塩にかけた娘を、その父親のもとから奪うのだ。
心も体も自分のものにできるのだ。

そして、何十年後、かつて自分が味わわせたのと同じ思いを
今度は自分が味わわされることになる。

娘は父親を裏切る日が来る。




夏目雅子の語りで、この映画は始まり、そして幕を閉じる。

最後は、生前花子が鬼政にあてた最後のはがきの言葉が紹介される。

拙い字で、「お父さん、お願い、助けて」「お父さん、お願い、助けて」と書いてあったと。

この映画には、「お父さん」「お母さん」「松恵」「花子」と、
親子が互いを呼び合う場面が多く出てくる。

男の可愛さと女のつよさ。

親子の情と、男女の情。

あらゆる大事なものが、見事に凝縮されて収められている。

夏目雅子は本当に美しかった。

本当に本当に、美しかった。



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コメント 4

hil

夏目雅子さんを失ったのは、邦画界にとって本当に痛恨の出来事でした。
彼女の死と、邦画の冬の時代は一緒に訪れたように僕は感じています。

極道の妻たちのシリーズは僕も好きじゃありません。
そのシリーズの延長線上にこの作品を置く人がいることも嫌な感じです。
by hil (2007-06-17 09:45) 

Sho

(^-^)hilさん、nice!とコメント、ありがとうございます。
>夏目雅子さんを失ったのは、邦画界にとって本当に痛恨の出来事でした

この映画を観終わって、本当にそう感じました。
by Sho (2007-06-17 12:05) 

Sho

(^-^)茅ヶ崎住人Rさん、nice! ありがとうございます。

先ほど、そちらにちょっとお邪魔してきました。
「オフコース」、私も、まだ周りの人が誰もしらなかったころから好きでした。
by Sho (2007-06-17 21:39) 

海の近くのニャン

昨日BSでこの映画をやっていて、終盤のなめたらいかんぜよ、
のシーンの少し前から見ました。
何十年ぶりになるのかな、懐かしかったです。(テレビで観ました)
途中からだったので、花子が何故亡くなったのかわからなくて
思い出すこともできず
情報を得ようとweb検索していてこちらのページを見つけました。

素晴らしい評論ですね。感動しました。

あれから数十年、あの時はまだほんの小娘だった自分ですが
その後私はこの映画と同じように父と訣別しました。

しかも花子と同じように、届くことのない「お父さんたすけて」を
心で叫ぶしかない運命を辿りました。

人というものは愚かな生き物ですね。

でも私は何とかこの運命をサバイバルして
松恵のように背筋を伸ばして生きて行きたいと思っています。

Shoさんの人生にも幸多からんことを祈って。
かしこ
by 海の近くのニャン (2016-11-09 07:28) 

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